熱は変化を駆動するエネルギーであると同時に、環境を規定する情報でもある。生命現象における熱もこの二つの役割を担っている。細胞内の化学反応は体温の熱エネルギーによって駆動される。一方、熱は細胞内で情報伝達のシグナルとしても利用されている。情報伝達機構の理解と制御のためには、細胞内での効率的かつ部位選択的な加熱技術が求められている。そのような技術が開発されれば、熱耐性の向上、熱刺激の理解に基づいた鎮痛技術の開発やフォールディング異常に起因する疾患の治療など、熱シグナルを利用した細胞制御や医療応用に道を拓く。本研究では、ヘムのもつ高速の無輻射緩和を利用して高効率の分子ヒーターとして働くタンパク質(タンパク質ヒーター)を開発した。 高度好熱菌由来のヘムタンパク質であるシトクロムc552は高い熱安定性を示した。シトクロムc552溶液に対して、光熱変換のためのポンプ光を照射し、タンパク質の加熱能を測定した。その結果、シトクロムc552はタンパク質周辺温度を最大で5.1 K加熱することがわかった。同様の実験をミオグロビンに対して行った結果、最大で3.3 Kの温度上昇が観測された。2種類のタンパク質の間で、上昇温度の比はポンプ光532 nmにおけるモル吸光係数の比とほぼ同じであった。したがって、光熱変換による加熱能の違いは、ポンプ光波長532 nmにおける吸光係数の違いに由来すると考えられる。今回観測したヘムタンパク質の光熱変換による温度上昇は、温度感受性タンパク質を駆動し、生体操作を行うのに十分であることが示された。シトクロムc552に、大腸菌のペリプラズムに局在するシグナル配列を付加した場合、シトクロムc552は確かにペリプラズムで発現していた。この結果は、タンパク質ヒーターがオルガネラを特定して細胞内を局在加熱できる可能性を示している。
|