本研究では、液体(流動)状態で電子伝導性を示す有機分子の物理化学について、合成、構造、輸送特性、理論計算等の多角的な視点から考察を行った。水銀は液体で金属伝導性を示すが、これは、伝導バンドの形成が、結晶格子にあまり依存しない特徴を有するためである。ところが有機伝導体は、微小な配列のズレにより伝導性が大きく影響を受けるのが一般的である。本研究ではまず、単一成分で金属伝導性を示す有機ラジカル分子を用いて、様々な溶媒に溶解または分散させた流動性伝導体を複数種合成した。その結果、特定の高沸点溶媒を用いた場合に、有機ラジカル分子は機械的破壊により容易に流動状態を取る均一な物理ゲルを形成した。この流動体の電子伝導性を精密に測定するために、4端子配線を施した専用の測定セルを作製して伝導性の評価を行ったところ、有機ラジカル混入量が僅か数wt%であっても、一般的な有機半導体結晶と同程度の0.001S/cmの高い室温伝導度を示した。また、この伝導性流動体を乾固させたXeroゲルが、金属伝導性を示したことから、流動状態であっても伝導バンドを形成可能な分子配列をゆるく取ることが示唆された。そこで、この流動ゲルのXRDパターンおよびXeroゲルのTEM分析を行ったところ、金属伝導性を示す粉体および単結晶と同系の結晶格子を有することが確認された。このことから、有機ラジカル分子は流動体においても非共有結合性分子間相互作用によって結晶体に近い分子配列を保つため、高い伝導性を発現することが分かった。これにより、有機ラジカルの混入量を数wt%まで減少させても伝導する「電子伝導性液体」が可能となるメカニズムが明らかとなった。また、理論計算によると、この分子のπ軌道の重なりは、van der Waals接触距離を大幅に超えるゆるい相互作用であっても、Fermi面を形成することが可能であることが示唆された。
|