研究課題/領域番号 |
20K21201
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
長谷川 靖哉 北海道大学, 工学研究院, 教授 (80324797)
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研究期間 (年度) |
2020-07-30 – 2023-03-31
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キーワード | キラル / 希土類 / 配位空間 / 機械学習 |
研究実績の概要 |
金属イオンにキラル型有機配位子と取り付けたキラル型金属錯体は配位構造がΔ体もしくはΛ体となり、左円偏光と右円偏光の吸収および発光に振幅差が生じる。これらの振幅差によって生じる吸収差(円偏光性CDスペクトル)発光差(円偏光発光(CPL)スペクトル)は重要なキラル評価法であり、キラル型金属錯体の偏光機能として知られている。金属錯体のキラル機能評価は錯体の電子遷移過程を学術的に理解するだけでなく、異性系における金属錯体の役割分析・解明や新しい光機能材料にも展開が期待できる重要な研究対象である。偏光機能の大きさは異方性因子g値で表され、吸収および発光の電子遷移過程に依存する。 キラル型遷移金属錯体の電子遷移過程はMLCT遷移(電気双極子遷移)であり、その異方性因子は0.001以下となる。これに対し、キラル型希土類錯体は4f-4f遷移の磁気双極子遷移において大きなg値(g CPL > 0.1:遷移金属錯体の100倍)を与える。このキラル希土類錯体の偏光機能に関する研究はX線構造解析を用いた研究が多く報告されているが、 大きいg値を導くための幾何学構造は現在明らかにされていない。これは、希土類錯体の配位構造(7, 8, 9, 10配位)が従来の配位子場理論(4, 5, 6配位)を使って理解することが困難であり、4f軌道とd軌道やπ軌道のミキシングが正確に解明されていないためである。 偏光機能を導く希土類の配位空間研究は数種類のキラル希土類錯体の実験だけでは困難である。本開拓研究では情報科学と機械学習を基盤としたキラル型希土類錯体の配位空間研究を行う。仮想的な希土類錯体のキラル配位空間の構造情報とエネルギー情報を数学演算と機械学習によって分類・解析・理解する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
単結晶構造が既知のキラルEu(III)錯体としてEu(+tfc)3(TPPO)2(tfc:トリフルオロアセチルカンファー、TPPO:トリフェニルホスフィンオキシド)を選択した。初期構造の錯体に置換基を導入する前に、計算の簡略化のため中心金属の置換と計算手法および汎関数の検討を行った。 中心金属をAlのまま計算手法をSemi-empirical, HF, DFTとした場合、いずれの場合も中心金属周りの配位構造が6配位八面体に近い構造となった。中心金属をYに置換してHF / 3-21Gで計算を行ったところ、最適化された構造は8配位構造であり、配位子の分子構造にも特異な点は見られなかったため、この条件を構造最適化に用いる計算条件として決定した。計算時間はワークステーション(CPU: Intel Xeon Gold 6230_2.10 GHz_40コア, メモリ: 128 GB)を用いたところ、一分子当たり3~5時間程度で計算が収束したため、多数の錯体の構造を系統的に評価するために現実的な時間スケールであると判断した。 キラル型Eu(III)錯体の配位子に導入する置換基について、置換基数が多くなるにつれて中心金属間距離の平均が増大する傾向が見られた。さらに、ホスフィンオキシド配位子の酸素原子と中心金属間距離の平均に関しては、置換基数によらず2.24-2.30オングストロームの比較的距離が短いグループ(Group A)と2.36-2.40オングストロームの比較的距離が長いグループ(Group B)に分かれる結果となった。 この結果より、電子吸引性もしくは電子供与性の大きい置換基を導入することで、幾何学構造が2つのタイプにグループ化されることがわかった。
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今後の研究の推進方策 |
希土類錯体の4f軌道と配位子のπ軌道の関与(MLCTバンド)の数値化を行う。TD-DFT計算(B3LYP, 6-31G(d))によりエネルギー準位を見積もり、希土類の発光準位をSmall-Offset系と仮定して、発光準位へのπ軌道の摂動指標を得る。この計算と機械学習に関して、仮想的なキラル希土類錯体の計算を行い、多くの希土類類錯体のデータを取得する。分類の妥当性を検証する。 得られた希土類錯体の構造(分類とずれ値)および電子データと光物性の相関を明らかにするため、任意に抽出された希土類錯体の合成と光機能計測を行って統計データを作成する。 1)放射速度パラメーター:希土類錯体の4f軌道に3d軌道やπ軌道がミキシングすると発光の放射速度定数(kr)が大きくなる。本研究では固体状態におけるキラルEu(III)錯体の発光スペクトルと発光寿命測定から放射速度定数を算出し、放射速度パラメーターとする。 2)キラルパラメーター:キラルEu(III)錯体の固体状態におけるCDおよびCPL測定を行い、配位子のエキシトンカップリングバンドと磁気双極子遷移バンドにおける異方性因子;(gCDおよびgCPL)を計測し、これらをキラルパラメーターとする。 3)統計グラフ作成:X軸を非対称パラメーター(構造的パラメーター)、Y軸をMLCTバンドデータ(電子的パラメーター)、Z軸を光物性値(kr, gCD, g CPL)として、三次元グラフ化する。この操作を同一の配位構造分類で行い、統計グラフを作成する。このグラフにより、希土類錯体の非対称構造による4f-4f遷移の許容化が円偏光特性に大きく関与していると考えられる。この因子が構造および電子パラメーターのどのような関係になるのかを任意抽出によって得られる統計データによって明らかにする。
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