本研究では分子が光励起されることで生成する励起三重項が室温において大きな電子スピン偏極状態を取ることに着目し、そのスピン偏極状態を用いた機能開拓を目標としている。スピン偏極した励起三重項はこれまでの研究では材料などの評価手段として主に用いられてきたが、本研究ではスピン偏極した励起三重項のポテンシャルを最大限に引き出すことで機能創出に繋げることを試みた。 光励起後に系間交差することでスピン偏極した励起三重項を形成しうる色素骨格をベースとして、金属イオンと配位結合を形成しうる部位を導入した色素配位子を新規に合成した。この色素配位子と反磁性の金属イオンを組み合わせて結晶性の金属錯体骨格を合成した。得られた金属錯体骨格の単結晶X線構造解析を行ったところ、結晶中で色素分子の配向が厳密に制御されていることが明らかとなった。得られた金属錯体結晶の時間分解電子スピン共鳴(ESR)測定を行ったところ、スピン偏極した励起三重項に加え、偏極したラジカルの観測にも成功した。偏極した励起三重項を利用することで高度に偏極したラジカルを光励起により生成できる新たな方法論となり得ることが分かった。 更に金属錯体骨格中において、三重項電子スピンから核スピンへと偏極を移行し、核磁気共鳴(NMR)の感度を向上させることにも挑戦した。独自に開発した偏極源分子を金属錯体骨格のナノ細孔へと導入し、更にモデル薬剤としてフルオロウラシルを導入した。得られた複合体に対して光とマイクロ波を照射したところ、偏極源分子の光励起三重項からプロトンの核スピンへと偏極を移行させることに成功し、更にプロトンからフッ素へと核スピン偏極を移行させることで、フルオロウラシルの高核偏極化を達成した。これは室温においてナノ細孔中のゲスト分子を高核偏極化した初めての例である。
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