本研究では、天然色素の構成要素の一つであるピロールに着目し、この骨格をモチーフとした多核錯体の創製を通じて、特に円偏光発光特性を示す材料創製を目的としている。これまでに3つのピロール系シッフ塩基配位子と2つのアルミニウムイオンから構成される2核3重らせん錯体の合成を達成し、光学分割を行うことにより、右巻きと左巻きの円偏光発光特性を示す材料の開発を達成した。配位子に置換基修飾を行うことにより、水色、黄色、橙色発光の発光色チューニングを達成した。同様の配位子を用いることで、アルミニウムと同族であるガリウムとインジウムを用いた2核3重らせん錯体の合成を達成し、同様の手法を用いて、円偏光発光特性を示す材料の開発を達成した。 今年度は、励起状態構造計算を用いることによって、この錯体で観測される非常に大きなStokesシフトが、Jahn-Teller効果によって励起状態の分子構造が基底状態から大きく変化することに起因することを明らかとし、励起状態では錯体を構成する3つの配位子のうち1つの配位子の構造が変化し、錯体の発光・円偏光発光特性がこの構造変化した1つの配位子からの発光・円偏光発光に由来することを見出した。過渡吸収測定を行うことによっても、励起状態における構造変化が示唆された。本研究をもとに、配位子の非対称化と共役拡張を組み合わせた新規錯体の合成に取り組み、特にアルミニウム錯体に関しては、橙色発光かつ量子収率が90%を超えるらせん錯体の合成を達成した。さらなる分子修飾による新規錯体合成と光学分割により、目的とする近赤外円偏光発光材料の創出が実現可能であることが示唆された。
|