がんの90%以上に見出される変異KRasは、MAPK増殖シグナルを亢進するがん因子として常に重要な創薬対象であるが、その異常な脂質翻訳後修飾が化学的なKRasの制御を困難にしている。我々は、KRas C末端の塩基性領域とファルネシル転移酵素(FTase)及びI型ゲラニルゲラニル転移酵素(GGTase I)の酸性領域間の過渡的たんぱく質間相互作用(PPI)を標的とした医薬品研究を展開し、両酵素の活性ポケットと酸性PPI作用面を1分子で認識する2座型化合物が細胞内でKRasの脂質修飾を抑制し細胞増殖阻害活性を示すことを明らかにしてきたが、分子内のチオール基が代謝的に不安定であり分子構造に改良の余地が残されていた。本研究では、ピペリジン骨格を土台としたペプチドミメティクスを新たに合理設計し、これらの酵素阻害活性の評価および新規2座型化合物への展開を検討した。KRasのC末端CVIMテトラペプチドの伸長配座の結晶構造に基づいて、ピペリジンにアミドもしくは尿素リンカーを介してメチオニン残基、また還元的アミノ化によりイミダゾールを組み込んだ化合物を種々合成した。In vitro酵素阻害活性試験の結果、尿素型N-ベンジル誘導体が、FTaseに対してnMレベルの極めて強い阻害活性を示すことが明らかになった。さらにこの化合物にリンカーを介してグアニジル基を付与した2座型阻害剤を設計・合成し、FTaseに対する阻害効果を検討した結果、既存の阻害剤を凌駕する強力なdual阻害活性を示すことが明らかになった。これらの成果は、KRas脂質翻訳修飾を標的とした新しいKRas標的型抗がん剤の開発に役立つ知見と考えられる。
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