本研究の目的は、昆虫の行動は植物ステロイドホルモンを介した記憶増強によって植物側から操作されている、という大胆な仮説の証明とその分子神経機構の解明にある。本研究者は最近、植物ステロイドホルモンには昆虫の脳に作用して記憶を増強する作用があることを見出した。これは従来考えられてきた植物が昆虫に従属する関係とは逆に、植物が昆虫の行動を操作する機構を進化的に獲得してきた可能性を示すものである。本研究では、訪花性昆虫のモデルとしてミツバチの働き蜂を、分子遺伝学的解析のモデルとしてショウジョウバエを用い、植物ステロイドホルモンが昆虫の脳機能や行動に作用する分子神経機構を明らかにし、本仮説をメカニズムに裏打ちされた形で証明することを目指す。 本年度は、植物ステロイドホルモンが制御する分子カスケードの解明に取り組んだ。植物ステロイドホルモンは転写因子であるHr38を介して遺伝子発現を制御することで長期記憶を誘発していると考えられる。そこで本研究ではHr38によって制御される遺伝子をRNA-Seqによって同定し、長期記憶における役割を明らかにすることを目指した。ショウジョウバエの遺伝学的技術を用い、ドーパミン神経特異的にHr38を過剰発現させ、RNA-Seqを行った。多くの候補遺伝子が見出されたが、その中でも特に、THやDDCといったドーパミン合成酵素の発現量の増加が認められた。今後、これらの遺伝子が植物ステロイドホルモン処理によって同様に変動しているかを調べる必要がある。 また、Hr38が植物ステロイドホルモンを受容する分子機構の解明を目的に、HR38のリガンド結合ドメインとGAL4のDNA結合ドメインのキメラタンパク質を用いたルシフェラーゼアッセイ系を構築した。これまでに、既知のリガンドに対する応答を定量することが出来るようになっている。今後、本システムを用いて分子機構の解明に繋げる。
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