上皮細胞層において、各々の細胞は隣接する細胞と様々なコミュニケーションを取り合うことによって、協調的な細胞社会を形成している。一方、細胞層中に、性質の異なる変異細胞が出現した時、周りの正常細胞と異常な細胞との間で互いに生存を争う「細胞競合」という現象が起こることが、申請者らの研究によって明らかになってきた。しかし、上皮細胞同士がどのようにして隣接する細胞の「同質」性あるいは「異質」性を認識しているのか、その細胞間認識機構については、未解明のまま残されている。これまでの研究によって、いくつかの膜タンパク質が細胞間認識機構に関わる分子として提唱されてきたが、いずれも細胞競合を含む多彩な細胞間コミュニケーションを普遍的に制御するものではなく、まだ同定されていない細胞間認識機構の存在が想定されている。これまで本研究領域では、リン酸化などの化学的なシグナル伝達を制御する分子群の関与について、研究が進められてきた。一方、『物理的なパラメーターが細胞間認識機構に関与している』という可能性については、研究はほとんど進展してこなかった。 これまでの研究で、メカノセンシティブカルシウムチャンネルTRPC1を介した細胞内カルシウムの一過性上昇が細胞競合に関与していることが明らかになってきた。最終年度には、牽引力顕微鏡(traction force microscopy: TFM)などを用いて様々な物理的パラメーターを計測することによって、正常細胞と変異細胞の混合培養条件にて、正常細胞に圧縮力(compression force)がかかっていることが明らかになった。さらに、その上流でCdc42の活性の上昇が重要な役割を担っていることが分かった。このように、細胞競合における変異細胞の上皮層からの逸脱に、周囲の上皮細胞の物理的な変化が関わっているという新たな知見を得ることができた。
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