本研究では、植物ゲノムが遺伝子のコピー数の減少に対し発現量を上昇させることで元の転写産物の量を保つ、即時遺伝子量補正という機能をもつのかどうかを明らかにする。遺伝子量補正は、主に動物の性染色体で知られる現象であり、遺伝子の発現量が雄(♂)と雌(♀)との間で同レベルに調節される機構のことである。研究代表者らは、高等植物であるヒロハノマンテマのX染色体が突然のY染色体欠失に対応して遺伝子量補正を行う「即時遺伝子量補正」をもつことを発見した。植物ゲノムは染色体の構造変化を引き起こすことが知られているが、その際に生じる遺伝子のコピー数の減少に耐える機構が「即時遺伝子量補正」であり、これは性染色体に限られた現象ではないのではなかろうかと、代表者は考えた。 そこで、シロイヌナズナの染色体部分欠失変異体群を用いて、遺伝子のコピー数が半数になった場合に常染色体でも即時遺伝子量補正が生じるかどうかを調査した。重イオンビーム照射で巨大欠失を誘発した11系統を野生型と交配し、合計427遺伝子をヘテロ接合の状態とした植物を作成し、表現型を観察した。その結果、培養開始後11日の生重量は全ての系統で野生型とは異なったが、欠失遺伝子数の数と生重量の値との間に相関は見られなかった。葉を回収して独立に3回ずつRNA-seqを行ったところ、当該遺伝子の大多数の発現量は野生型と比較して半減していた。従って、シロイヌナズナの常染色体では即時遺伝子量補正は起きないことがわかった。一方で、発現量が野生型の0.8倍程度と半減よりは高い値や、1倍よりも高い値を示した遺伝子群も存在したことから、一部の遺伝子はコピー数の減少に高感受性であり遺伝子量補正を起こすことも示唆された。今後は、異なる器官や発育ステージにおけるサンプリングを行い、遺伝子量補正が生じる時期や遺伝子の種類についてより詳細に調査する予定である。
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