研究課題
シナプス可塑性研究の大きな流れの中でCaMKIIの酵素活性がどう制御されるか、また基質は何かが調べられてきた。しかしその活性化がいかにシナプス可塑的変化を起こすか未だに明らかでない。またPSDに多量に存在することや、回転対称型の12量体構造も説明できない。そこで、我々はCaMKIIには酵素活性以外に本質的な機能があるのではないかと考えてきた。その結果、CaMKIIがT-siteとして呼ばれる結合部位を介して多数のPSD蛋白質と同様に安定した複合体を形成することを見出している(未発表)。その結合相手の中にはLLPSを起こすのに理想的な天然変性領域を持つ、NMDA受容体NR2Bサブユニットのような蛋白質が複数あることに気づいた。予備実験の結果、CaMKIIはCa2+依存性にNR2Bなどのシナプス蛋白質とLLPSを起こすこと、さらにグルタミン酸受容体サブタイプを分離させるという知見が得られた。そのためCaMKIIのCa2+依存性LLPSはシナプス可塑性の根源たるメカニズムを担っているのではないかという発想に至った。そこで、本研究ではCaMKIIがCa2+により活性化されると他の蛋白質とLLPSを起こすことで、シナプス活動依存的なシナプス局所への蛋白質の移行と濃縮を起こすという新たな仮説を立てた。この実証のため、本研究では次のようなSpecific Aimを設定し研究を遂行していく。S.A.1 CaMKIIはLLPSを起こすかS.A.2 LLPSを起こしたCaMKIIはその他の蛋白質を濃縮相に留めるかS.A.3 CaMKIIによるLLPSはシナプス長期増強に必要か
2: おおむね順調に進展している
海馬長期増強は記憶と学習の細胞レベルの基盤メカニズムとして知られている。そのプロセスとは一時的なカルシウムシグナルを細胞内に何らかの形で持続的に固定することに他ならないが、その具体的な分子機構は明らかではない。我々の研究チームはこれまでに、一時的なカルシウムシグナルによるシナプスそのものの拡大に伴う内部蛋白質量の増大(Bosch et al., 2014)、およびシナプス後膜肥厚(PSD)内での安定的な蛋白質複合体の形成(Saneyoshi et al., 2019)を報告してきた。それらに加えて我々は最近、カルシウムシグナル依存的に活性化するPSD蛋白質CaMKIIがその12量体構造をもって他のPSD蛋白質を架橋することで超分子構造体を形成することを明らかにした(Hosokawa, Liu et al., Nat. Neurosci. 2021)。この超分子構造体はソフトマター物理学で言う液-液相分離(LLPS)による分子集合体であり液体としての性質を持つ。またCaMKIIによるLLPS集合体は自己リン酸化に伴うCaMKIIの立体構造変化により持続的に形成される。このことは一時的なカルシウムシグナルを細胞内に超分子構造体として固定していることに他ならず、シナプスの可塑性を合理的に説明する。我々はこのカルシウム依存的かつ持続的な蛋白質の集合体形成が記憶形成の本質であると位置づけ、詳細な解析を進めている。
今後、この集合体に参加するPSD蛋白質の種類を同定しその生理的機能を明らかにするため、質量分析による網羅的同定と機能解析を進める。これまでの結果により、CaMKIIの集合体形成はシナプス内の蛋白質局在を最適化しシグナル伝達を増強することが示唆されている。またこの集合体を人為的に誘導するため、光遺伝学の手法を用いて蛋白質の局在と活性を光操作し蛋白質の離合集散を制御する試みを進めている。さらにこの集合体形成による蛋白質動態の変化をより詳細に理解するため、集合体形成の理論化を進め樹状突起・シナプス内での拡散と集合のシミュレーションを進めている。
発行に伴いこのページにプレスリリースのリンクを作成する予定。
すべて 2021 その他
すべて 国際共同研究 (2件) 雑誌論文 (4件) (うち国際共著 1件、 査読あり 2件、 オープンアクセス 1件) 備考 (1件)
The Journal of Neuroscience
巻: 41 ページ: 834~844
10.1523/JNEUROSCI.1656-20.2020
Current Opinion in Neurobiology
巻: 69 ページ: 84~92
10.1016/j.conb.2021.02.004
Nat. Neurosci., in press.
巻: - ページ: -
生化学
巻: 93 ページ: -
http://glutamate.med.kyoto-u.ac.jp/j/index.php/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B9