研究課題
現在、癌の転移を確実に抑制する方法は存在しない。我々は、従来の治療法の様に癌細胞だけに注目するのではなく、癌微小環境、癌の増殖や転移に関わる血管やリンパ管、さらには転移先となる組織の環境を、一つの生体システムとして捉えるコンセプトが、革新的な癌の転移抑制法開発に繋がると考えた。中でも血管・リンパ管の恒常性の破綻や異常増殖は癌の病態に密接に関与していることから、我々は、血管・リンパ管の恒常性制御の観点から、癌転移を抑制する新しいアプローチを考えた。アドレノメデュリン(AM)はこれまで主として循環調節ホルモンとして研究されてきた一方で、我々は、AMが血管・リンパ管の発生そのものに必要な因子であること、さらにAMが成体における血管・リンパ管の恒常性維持にも必須であること、AMのこれらの作用が、AMの受容体に結合する受容体活性調節タンパクであるRAMP2によって制御されていることを明らかとしてきた。RAMP2-/-は胎生致死のため、成体での解析が不可能である。そこで我々は、薬剤誘導型の血管内皮細胞特異的RAMP2ノックアウトマウスを樹立し、成体での機能解析を可能とした。癌転移における組織、臓器間の連携に着目し、転移前土壌形成因子、腫瘍細胞遊走促進因子などが明らかとなれば、癌転移抑制のための新しい治療戦略の足掛かりとなる。さらにRAMP2は、低分子の1回膜貫通型タンパクであるため、立体構造解析と、それを利用した結合化合物探索が比較的容易である。本研究では、AM-RAMP2システムによる血管・リンパ管制御機構を人為的に制御する方法を検討し、癌転移を抑制する治療法として応用展開をはかる。
2: おおむね順調に進展している
誘導型の血管内皮細胞特異的RAMP2ノックアウトマウス(DI-E-RAMP2-/-)において、B16BL6メラノーマ細胞を用いて、原発巣から遠隔臓器への転移モデルの検討を行ったところ、DI-E-RAMP2-/-では肺への転移率が亢進する結果となった。腫瘍転移が亢進するメカニズムを解明するため、RAMP2欠損誘導後に転移予定先臓器である肺に生じる変化を時系列的に観察した。その結果、腫瘍の転移前の早期の段階で、血管壁におけるマクロファージの接着や浸潤、炎症性サイトカインの発現亢進が認められた。さらに腫瘍の転移がはじまる段階では、腫瘍細胞遊走因子の発現亢進が確認された。次に、原発巣について検討を進めた。DI-E-RAMP2-/-では、腫瘍内血管の内皮細胞マーカー陽性細胞が減少し、対照的に間葉系細胞マーカー陽性細胞が増加していた。このことから、DI-E-RAMP2-/-の腫瘍内血管では、内皮間葉系転換(EndMT)が生じていると推測した。これを検証するため、DI-E-RAMP2-/-の肺血管内皮細胞の初代培養を行い、TGF-β刺激実験を行なった。その結果、DI-E-RAMP2-/-では、間葉系マーカー陽性細胞が、野生型マウスと比較して有意に増加する一方、血管内皮細胞マーカー陽性細胞が減少することが確認された。以上の結果から、血管内皮細胞のRAMP2欠損により、転移予定先臓器の血管における慢性炎症が、癌細胞の転移前土壌となり、癌の遠隔臓器への転移を促進させること、原発巣の血管では、EndMTによる血管構造の不安定化、透過性亢進が生じ、これにより腫瘍細胞の血管内浸潤が亢進する可能性が考えられた。
癌細胞の転移に促進的に働く因子が明らかとなれば、新たな治療標的になり得る。そこで、DI-E-RAMP2-/-にメラノーマ細胞(B16BL6)の皮下移植を行い、肺への自然転移モデルを作成する。RAMP2遺伝子欠損誘導後より、原発巣と転移巣に起こる変化について、病理解析、および網羅的遺伝子発現解析を行う。さらに膵癌細胞(Pan02)を脾臓に移植し、肝臓への自然転移モデルを作成して、臓器間の転移についても同様に検討を行う。我々が注目しているのは、腫瘍内血管の内皮間葉系移行(EndMT)である。EndMTを生じた血管は安定した血管内膜シート構造を取ることが出来ず、血管透過性が亢進すると共に、様々な増殖因子を産生し、癌細胞の増殖と転移に促進的に働く。一方で、RAMP2を欠損させた早期の段階で、転移予定臓器である肺では、転移予定先組織に生じる血管を中心とした環境の変化が転移前土壌を形成している可能性もある。本研究では、原発巣と転移巣における網羅的遺伝子発現解析を行い、EndMT促進因子、転移前土壌形成促進因子、腫瘍細胞遊走促進因子など、癌転移促進に働く因子群を同定する。これを癌転移抑制のための治療戦略の足掛かりとする。一方で、AM、RAMP2はリンパ管でも高い発現を認めるものの、リンパ行性転移におけるAM-RAMP2システムの意義は、現在全く不明である。そこで、リンパ管特異的に発現するProx-1遺伝子プロモータを利用したCreトランスジェニックマウスにRAMP2floxマウスを交配し、誘導型リンパ管特異的RAMP2ノックアウトマウス (DI-LE-RAMP2-/-)を作成する。リンパ行性転移しやすい肺癌細胞(LLC)を足底部に皮下移植し、膝窩リンパ節への転移率を検討し、リンパ行性転移におけるAM-RAMP2システムの病態生理学的意義を解明する。
癌細胞のリンパ行性転移を評価するための、リンパ管内皮細胞特異的遺伝子欠損マウスの作成の予定が、次年度以降に持ち越されたため。次年度に持ち越した予算は、リンパ管内皮細胞特異的遺伝子欠損マウスの樹立と解析に使用予定である。
すべて 2021 2020 その他
すべて 雑誌論文 (7件) (うち査読あり 6件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (3件) 備考 (1件)
Sci Rep.
巻: 11 ページ: 305
10.1038/s41598-021-96984-3.
Endocrinology.
巻: in press ページ: -
Am J Pathol.
巻: 191 ページ: 652-668
10.1016/j.ajpath.2020.12.012.
Oncogene.
巻: 39 ページ: 1914-1930
10.1038/s41388-019-1112-z
Biomedical Research.
巻: 41 ページ: 1-12
10.2220/biomedres.41.1
Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol.
巻: 258 ページ: 1039-1047
10.1007/s00417-020-04638-3
http://www7a.biglobe.ne.jp/~shindo/