研究課題
高血圧や糖尿病などの生活習慣病には環境因子の影響が体に記憶され発症する。環境因子が臓器に蓄積する分子機構にはエピジェネティクスが深く関与する。本研究では腎臓細胞のDNAメチル化解析によりエピジェネティックな側面から生活習慣病が発症する分子機構を明らかにすることを目的とした。腎尿細管障害は糖尿病患者の腎機能低下の一因となっている。細胞型特異的なDNAメチル化パターンは特定の細胞型の割合を算出するのに用いられてきた。我々は尿中に排出された尿細管剥離細胞を用いて尿細管細胞特異的なDNAメチル化パターンを調べることで、糖尿病患者の尿細管傷害を検出する方法を開発した。方法としては、ヒト腎近位尿細管細胞に特異的なDNAメチル化パターンを、コンパートメント特異的なメチローム解析により同定した。次に糖尿病患者の尿沈渣中の近位尿細管特異的遺伝子座のメチル化レベルを測定し、臨床変数との相関を解析した。その結果 ヒト近位尿細管細胞では、SMTNL2とG6PCが選択的にメチル化されていないというゲノム遺伝子座を同定した。尿沈渣中のSMTNL2とG6PCのメチル化レベルは、傷害により剥離した近位尿細管細胞の割合を反映していると考えられ、互いによく相関していた。また、尿沈渣中のSMTNL2のメチル化レベルは、推定糸球体濾過量の年間減少量と有意に相関した。さらに、既知の危険因子を含むモデルに尿中のSMTNL2のメチル化を加えると推定糸球体濾過率の低下が速い糖尿病患者の識別がより有効にできることが分かった。本研究はエピジェネティックな尿検査により、腎機能の低下が続く糖尿病患者が特定のDNAメチル化標識によって層別化されうることを示しており、近位尿細管細胞の傷害が糖尿病性腎疾患の発症に寄与することを尿中の尿細管剥離細胞で確認できることを示した。
1: 当初の計画以上に進展している
糖尿病性腎症の進展度合いを尿中に剥離した細胞のエピジェネティック解析により知ることができること、すなわち糖尿病性腎症の新たな尿中マーカーを提示し、論文化できたため(BMJ Open Diabetes Res Care. 2020 Sep;8(1):e001501.)。また、糖尿病性腎症症例の腎組織から得られたサンプルを用いた網羅的解析では、腎症の進行と関連するDNAメチル化異常を呈する遺伝子を複数見出し、検証を進めている。
糖尿病性腎症における障害形成機序は不明な点が多く、動物モデルを用いて検討を進め、新規治療標的の探索を行う。これまでの検討で見出した、糖尿病性腎症に生じるDNAメチル化異常のなかには、共通の経路に関わる遺伝子が含まれている。このような経路では、複数の遺伝子にDNAメチル化変化が生じているため、パスウェイ全体が強く調整されていると思われ、メタボリックメモリーの元になっている可能性がある。今後は、このような共通の経路に集中してみられるDNAメチル化異常に焦点を当てて検討を進める。パイロシークエンス法によるDNAメチル化異常の検証を行い、培養細胞および動物モデルを用いて異常のみられる遺伝子への介入実験を行う予定である。
計画的に使用していたが、予定していた実験用消耗品購入が想定時より遅延し、次年度への繰り越しとなった。次年度同品を購入予定であり、その他に予定している物品購入や使用計画にも今のところ変更はない。
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