心不全は進行すると心筋細胞のATP供給量と消費量のバランスが崩れ、ATPレベルが低下し、心収縮力が低下する。強心薬はATP消費量を増加させ心収縮力を改善させるが、予後を悪化させる。またβ遮断薬は心筋細胞のATP消費量を減らす作用があるが、陰性変力作用により急性期の心不全治療には適していない。一方で心筋細胞のATPレベルを上昇させる薬剤は現在存在していない。Kyoto University Substance 121 (KUS121)はValosin-containing protein (VCP)のATPase阻害剤であり、細胞のATPレベルを上昇させ、細胞保護作用を有する。そのためKUS121が心不全モデル動物においてATPレベルを上昇させることで強心作用と心保護作用を併せ持つのではないかと考えた。横行大動脈縮窄(TAC)手術による圧負荷心不全モデルマウスを作成し、心機能が低下した状態でKUS121を腹腔内投与すると投与後速やかに左室駆出率の改善を認めた。また心筋MRスペクトロスコピーを用いて心筋のエネルギー効率を評価したところKUS121投与後にPCr/ATP比が改善した。TAC手術後心不全期にKUS121を長期投与すると心機能の低下・心筋細胞の線維化の抑制を認めた。高頻度ペーシング心不全モデル犬を用いてKUS121投与中の血行動態を測定したところ、投与後左室収縮能・拡張能の改善、左室拡張末期圧・肺動脈圧の低下を認める一方で体血圧は変化しなかった。上記の結果からKUS121が心不全の血行動態を改善し、強心作用と心保護作用を併せ持つと考えられ、心不全治療の新たな選択肢になる可能性がある。
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