研究課題
本研究では,睡眠障害の約6割を占める睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome:SAS)に着目し,布団やマットレスの下に敷いた無拘束型マットレスセンサのみを用いてSASを判定する手法の確立を目的とする.その目的達成に向けて,令和2年度では,研究協力者の医師が務める病院で診察を受けたSASの疑いのある患者の実データを用いて,SAS判定手法に必要な要素を明確化することに取り組んだ.具体的には,患者の7割を占める軽症SAS患者に多い「低呼吸」(無呼吸ではないが,気流の低下がした呼吸)の判定が難しい問題や,無呼吸時に呼吸をしようと試みる「努力呼吸」は通常の呼吸と動きが類似していることから,それと誤判定する問題を解決するために,従来手法が着目する「呼吸」ではなく,睡眠段階の1つである「覚醒」に着目し,健常者とSAS患者の「覚醒」の差異を明らかにした.今後は,これらの差異を用いることで,SAS判定が可能になる(これは,計画通り次年度に取り組む).また,本研究の成果として,IEEE 3rd Global Conference on Life Sciences and Technologies (LifeTech 2021)を含む国際会議,電子情報通信学会のヘルスケア・医療情報通信技術研究会 (MICT),計測自動制御学会の第48回知能システムシンポジウムなどの国内研究会で発表した.また,SAS判定精度向上に必要になる誤判定削減機構を考案し,IEEE Computational Intelligence Society Japan Chapter Young Researcher Awardを受賞した.
2: おおむね順調に進展している
本研究では,寝具の下に敷いた無拘束型マットレスセンサを用いたSAS判定手法の確立に向け,令和2年度では,覚醒時における健常者とSAS患者の差異を明確化した.具体的には,健常者とSAS患者それぞれの睡眠中の覚醒時と非覚醒時の時系列生体振動データ(1エポック(30秒)ごとの胸の動きのデータ(心拍・呼吸・体動などの合成波))を,アンサンブル学習型の機械学習であるRandom Forest (RF)に与えて学習させ,人では見出すことが困難な特徴(健常者は1エポック内の生体振動データの最大値と最小値の差が大きいのに対して,SAS患者は小さく,かつ,生体振動データの絶対値の和が大きいという特徴)をルールとして抽出することに成功した.さらに,得られたルールを分析したところ,健常者は体の動きが大きいときに「覚醒」,小さいときに「睡眠」となるのに対し,SAS患者ではその傾向に加え,逆の傾向も示すことが明らかになった.この結果により,覚醒時を判定できればSAS判定が可能になるが,マットレスセンサによる覚醒判定率は,現在のSAS診断で用いられる(多くのセンサを体に付ける必要のある)終夜睡眠ポリグラフ(poly-somnography:PSG)検査に比べて劣るため,覚醒判定率の向上に取り組んだ.具体的には,時系列生体振動データを時間領域(時間軸波形)と周波数領域(時間軸波形を周波数成分に分解)の両観点で分析し,前者の方が後者に比べて覚醒の誤判定が少ないことを明らかにした.
今後の研究としては,申請書に記載された計画を進めることを基本とする.具体的には,令和3年度では,令和2年度で得られた健常者とSAS患者の「覚醒」の差異を活用して,SASを判定する手法の確立を目指す.具体的には,生体振動データの特徴を用いたSAS判定ルールはRFの木として生成され,木は複数ノードからなるため,各ノードの重要度(正しく覚醒と非覚醒を分離した度合い)を計算し,重要度から見た傾向の違いを用いてSASの疑いを判断する.予備実験にて,覚醒判定に用いた生体振動データの周波数の重要度に着目すると,健常者は2Hz以上,SAS患者は2Hz以下が高い傾向が見られるため,それらの違いを活用する.また,RFは複数の木(100個の木があれば100個のルール)からなり,何がSAS判定に効いているかの特定が難しいため,得られた複数の木を少数の木に圧縮(一般化)する方法も考案する.さらに,患者の睡眠時間が短くなると,呼吸障害と判定する状況や回数が減り,SAS状態を過小評価する医師の診断問題を改善するために,従来の生理学的知見(無呼吸や低呼吸の回数)だけではなく,機械学習で得られた知見(SAS患者固有の睡眠中の覚醒の特徴)の医療診断への展開の可能性を示す.最後に,本研究での成果を,この分野のトップカンファレンスであるThe Annual International Conference of the IEEE Engineering in Medicine and Biologyなどの国際会議に投稿,計測自動制御学会などの国内研究会で発表し,本研究の成果を社会にむけて発信する.
本研究で必要になる終夜睡眠ポリグラフ検査のための機器を注文していたが,コロナの影響で本年度内に納品が間に合わなかったため,令和3年度に繰り越した予算で購入する(令和3年5月に納品予定).
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