研究課題/領域番号 |
20K21923
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研究機関 | 東京学芸大学 |
研究代表者 |
綱川 歩美 東京学芸大学, 教育学部, 研究員 (60882628)
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研究期間 (年度) |
2020-09-11 – 2022-03-31
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キーワード | 闇斎学 / 武士 / 藩校 / 教学 / 『小学』 |
研究実績の概要 |
本研究は、近世武士階層の主体形成と闇斎学の基礎教養との関連について明らかにすることを目的としている。そのための二つの方法をとった。一つ目の、闇斎学派の儒者たちの学問論の検討については、研究の基礎となる史料調査を行った。一件目は新発田市立図書館において、稲葉迂斎(闇斎学派儒者)関連史料を閲覧・調査し、大半を撮影した(令和2年11月27日~28日)。同調査では、迂斎の講義録と嗣子・子弟への啓蒙書の類を中心に29点48冊を対象とした。多くは、新発田藩の藩校道学堂に属した史料で、武士階層を対象とした闇斎学派儒者の教学のあり方を明らかにする史料である。 二件目は、武士階層へも儒学の初学書として示された『小学』の注釈書のうち現存するものをリストアップし、現物の調査を開始した(令和2年12月16日~17日、東京都立中央図書館および国立国会図書館)。現段階では、『小学』に関する注釈・講義録は30点ほど確認でき、多くが闇斎学系の儒者によるものであることが分かっている。これらの調査史料は目下、翻刻と解読を継続中である。 もう一つの方法、藩主・藩士らを中心とする武士階層の学修実態の解明については、日向国高鍋藩の儒者・千手廉斎の著述と藩の記録(『本藩実録』『続本藩実録』)を分析し、高鍋藩における闇斎学の様子を考察した。具体的には、廉斎の『自求録』を取り上げ、彼の学問的信条と藩校教学との接点や、藩政の課題に藩儒としてどのように臨んだかを明らかにした。この内容を、東京学芸大学史学会の大会報告(令和2年2月3日ZOOM開催)において報告した(論題「近世後期藩学と闇斎学ー千手廉斎の思想と行動から」)。本報告は同会会誌『史海』第67号(令和3年度中発行予定)に掲載予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究のアプローチのうち、闇斎学を学ぶ武士階層の学修実態についての研究は、活字史料の活用とこれまでの調査蓄積で得ていた史料をもとに一定の形をなしている。特に、宮崎県立図書館編纂の『本藩実録』『続本藩実録』(臨川書店、1976年)の入手によって、当該時期の藩政と教学思想との接点を解明する点においては大きく前進した。また報告に際して建設的な意見を得たことで、成稿に向けて論旨の整理が出来たと考えている。 しかし、闇斎学派の儒者の学問論を検討するにあたっては、大前提となる史料調査の遅れが否めない。昨年度以来の新型コロナウィルスの流行にともなう遠隔地調査の制限が主な原因である。令和2年11月の新潟県新発田市の調査は、辛うじて可能であったが、翌12月に調整済みであった宮崎県高鍋町への調査は中止せざるを得なかった。当時、宮崎県下に独自の緊急事態宣言が発せられた関係で、県外からの調査の延期が要請されたためである。その後も年度内に調査の機会を窺ったが果たせなかった。デジタル媒体等で代替できない原史料への調査が出来なかったことが進捗遅延の原因である。加えて調査時期について先を見越せなかった点が自身の課題である。令和3年度にはこの点は十分配慮したい。
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今後の研究の推進方策 |
今年度前半において史料調査を最優先で行う。まずは感染症流行の間隙を狙って可能な範囲で遠隔地調査を行い、史料データの収集に務めたい。昨年度の反省を踏まえ、調査に対する事前準備を詰めておきたい。調査先は、昨年度中止した宮崎県高鍋町立図書館の、明倫堂関係史料と諸家史料を最優先する。以前の調査で一程度の調査蓄積がある 藩校の史料以外の、個々の藩士の家の史料を中心に調査を行う。 同時に社会情勢を鑑みると、年度内の現地調査が不可能の場合も考えられるので、デジタル化された史料に関しては所蔵機関の複写サービスを積極的に利用して収集を行う。その際、比較的デジタル化の進んでいる名古屋市蓬左文庫の道学関係史料(闇斎学関係)も照準にいれたい。これは、昨年度の研究進捗によって得た高鍋藩における闇斎学の動向を踏まえ、同系師弟筋(三宅尚斎門)にあたる尾張藩の藩儒の教学論や藩士らの学修の様子を解明するために有効であると考えるからである。高鍋藩と尾張藩と同系師弟筋によって同時期に展開された教学論は両者の比較の材料となり得、また闇斎学派としての特徴をより強くうかがい知ることができると想定している。 また、昨年度の新発田市立図書館での調査史料についても、闇斎学派儒者・稲葉迂斎の教学論についてまとめ、研究会等で報告または論文投稿して発信する予定である。調査によって得た史料は、稲葉迂斎の講義録や藩の嗣子に対する啓蒙書の類である。迂斎が近侍した藩主やその嗣子、また藩士らに対してどのような言辞を以て接したのかを明らかにする狙いがある。 なお、蓬左文庫、新発田市立図書館についても状況が許せば、早い段階で史料調査に赴く積もりである。
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次年度使用額が生じた理由 |
理由の最大のものは、新型コロナウィルス感染拡大の影響をうけて、予定していた遠隔地調査(宮崎県高鍋町・愛知県名古屋市)を中止したためである。当初予算計上していた、調査のための旅費を使用することができなかったためである。また現地での現物調査がかなわない史料を、すでに翻刻された史料(出版書籍)で補ったため、物品の総額が高くなっている。 次年度は、今年度中に調査できなかった分の旅費として使用することを第一に考えている。また、感染状況や社会情勢を考え、デジタル化された史料で代替が可能な場合は、所蔵先のプリントサービスを積極的に利用し、そのための予算として使用したい。
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