研究課題/領域番号 |
20K21927
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研究機関 | 一橋大学 |
研究代表者 |
坪光 生雄 一橋大学, 大学院社会学研究科, 特任講師(ジュニアフェロー) (10876254)
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研究期間 (年度) |
2020-09-11 – 2022-03-31
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キーワード | ポスト世俗 / 世俗主義 / 公共宗教論 / 宗教言語論 |
研究実績の概要 |
本研究は、「ポスト世俗的」という形容を受ける今日の特徴的な思想潮流について、概括的な把握を試みることを目的としている。この目的のために、本研究は「ポスト世俗」という言葉そのものの意味に関する一般的な概念論的検討を行うとともに、とりわけ実定的な宗教諸伝統が、公共圏において政治的主張を提起することの可能性や、その言語的様式に関わる哲学的-思想的諸言説に注目する。初年度にあたる2020年度、本研究は大きくは次の二つの成果を得た。 ①「ポスト世俗」概念をめぐる理論的言説が帯びるパフォーマティヴな性格の明確化。これにより、たんなる記述的な使用にとどまらない、「ポスト世俗」概念使用に備わる潜在的な効果に関する示唆が得られた。 ②しばしば代表的な「ポスト世俗」の思想家とされる、チャールズ・テイラーにおける言語論の詳細な解明。テイラーは言語一般の神秘的-儀礼的な性格を強調することで、通常、宗教的な言語と世俗的な言語とのあいだに置かれる認識論的かつ政治的な区別を乗り越える思考の筋道を示した。しかし同時に、テイラーの言語論は、それそのものが彼のカトリック信仰にとって中心的な意義をもつ主題である。そのような言語論に即して、宗教的言語を政治的な公共圏に再参入させる可能性を示すことは、それ自体が論争に開かれた遂行的な含意を帯びているといえる。このように、本研究はテイラーの構成的な言語観のうちに、「ポスト世俗」の思想にとって中心的な宗教言語論の主題を読み取ることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
2020年度、本研究はおおむね順調に進展したということができる。 本研究の成果は、学会での研究報告および論文刊行のかたちで公表されている。まず、九月に行われた日本宗教学会学術大会における研究報告では、「ポスト世俗」という概念に備わる複数の解釈可能性を指摘した。同概念は、社会的事実に対応するたんなる記述的タームとしてのみならず、各論者それぞれの仕方において近代の主流の世俗主義に対抗する、その規範的な意図を表現したオルタナティヴな理念として理解される。この理念の潜在的な力は、主体の新しい自己了解を可能にするパフォーマティヴな側面に注目することでいっそう十全に把握可能である。 また、三月に刊行された論文「象りと共鳴――チャールズ・テイラーと言語の神秘」においては、チャールズ・テイラーの言語論に即して、必ずしも私的領域に留め置かれることのない、伝統的-宗教的言語の潜在的な普遍化可能性を検討した。「実定宗教の再政治化」という主題に関しては、その可能性を担保する論理を、テイラーの言語論に見て取ることができる。彼の議論に依拠するなら、宗教の伝統的な語彙や言語表現は世俗的言語へと必ずしも「翻訳」可能ではないが、この困難はそもそも言語一般が帯びる神秘的な性格に由来するものである。このように、世俗的言語に十全には「翻訳」されえないとしても、しかし宗教的言語が保持する意味論的な資源は「共鳴」という機制を通じて政治的公共圏へと持ち出されることができる。そして、このような言語論そのものはテイラーのカトリック的な神秘観を反映するものとして理解される。ここに、世俗的なものと宗教的なものとの境界を、伝統的宗教の側から問い直す、「ポスト世俗」の中心的関心を見て取ることができる。 以上の二つの研究成果により、本研究は「ポスト世俗」の思想状況の一端を明らかにすることができたと言える。
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今後の研究の推進方策 |
当初の研究計画にあった「ポスト世俗的」言説のより広範な検討が、今後の研究課題として残されている。 本研究は現在までのところ、「ポスト世俗」に関する一般的-概念論的検討およびチャールズ・テイラーの宗教言語論に即したその捉え直しを行った。今後は、テイラーに限定されない、より多くの「ポスト世俗的」な思想をつぶさに検討してゆく必要がある。 2021年度、まず取り組むべきは研究計画にも名前を挙げたジュディス・バトラーの思想である。バトラーは自身の依拠するユダヤ性に即して、「伝統」と「翻訳」をめぐる考察を深めている。これを通じて彼女は現実の政治的公共圏に宗教的伝統が強い主張をともなって再参入する道筋を明確化しており、この論理をたどり直すことは、本研究課題にとって重要な示唆をもたらすに違いない。とりわけ「ポスト世俗」を言語論的な観点から見直すという、2020年度における本研究のアプローチとも連続して、バトラーの「翻訳」論を検討することは意義深いことである。 こうした研究は、2020年度同様、学会発表および論文の刊行というかたちで公表する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究課題は、文献調査を主とするものである。次年度も引き続き数多くの関連文献を渉猟することが、研究遂行上の中心的な作業となる。本研究課題の内容は、とりわけ近現代の宗教学および政治哲学に関連する文献にあたることを要求するものであるから、次年度の助成金はまず、それらの分野における関連書籍および論文等の文献購入および収集のために使用することとする。 また、本研究は、学会報告および論文の刊行を成果発表の場として想定している。こうした研究成果発表を滞りなく行うために、学会報告にかかる旅費等の諸費用や、論文執筆にかかる電子機器等の諸機材購入のために、当該助成金を使用する計画である。
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