最終年度では、下記の三つの研究が行われた。まず、ミシェル・アンリの誕生概念についての研究である。(再)誕生をめぐる哲学的探究のなかには時間についての問いがあることを明らかにしたうえで、アンリの後期思想を重点的に解釈することによって、アンリの誕生思想のなかにあるエゴの時間経験の問題を分析した。この研究をオンラインジャーナルに掲載するにあたって、声についてのアンリの議論をフランス現代思想における声の議論のなかで捉え直すためのパースペクティブを提示した。つぎに、ロゴザンスキーの(再)誕生概念を明らかにするために、氏の主著の一つである『我と肉』のなかで展開されている「残りものの現象学」について重点的な解釈を行なった。この研究では、氏の誕生概念を論じるためには、エゴの時間経験および聴声経験についての解釈が必要であることが明らかにされたのだった。そして、このロゴザンスキーの政治思想を考察する研究では、迫害や排除という問題に関して「残りものの現象学」がいかなる問題構制を形成しているのかを議論したのだった。 研究期間全体を通じて、二人の哲学者の思想の解釈を行うだけではなく、誕生について思考する哲学的議論の展開に寄与しうる新たなアプローチの可能性を提示することができた。また、ラカンの誕生についての議論を背景にして哲学的議論を進めるアプローチを模索することにより、(再)誕生についての哲学的議論においては明示的に分析されていない問題、すなわち主体の自己経験に内在する危機の可能性を考察することができたのだった。
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