令和3年度においては、令和2年度に引き続き、『伝光録』(瑩山紹瑾の講義録)の写本調査を行った。調査を行ったのは、天林寺(静岡県浜松市)所蔵本・永平寺(福井県吉田郡)所蔵本・駒澤大学図書館所蔵本の3点である。 これらの写本は、いずれも『伝光録』最古の本文系統(古本系統)に属するものである。これまでの研究により、古本系統は錯簡の共有具合から4種の系統(A群・B群・C群・D群)に細分類できることが知られているが、それぞれの写本は、天林寺本がD群に、永平寺本と駒澤大学図書館本がB群に分類されることが明らかとなった。 本調査により、古本系統のすべての本文系統を対照することが可能となり、新たな知見を得ることができた。特筆すべきは、古本系統のなかでもB群の本文に、多くの特徴的な点が見出されることが明らかとなったことである。顕著な例を挙げてみよう。『伝光録』の各章末尾には、その章で取り上げた祖師の思想を端的に表す偈頌が配置されているが、B群の写本では、A群・C群・D群では後半の2句のみが記されるところを、前半の2句を補う修訂が行われている(弥遮迦章)。これは、B群が独自に行った増広ではなく、何らかの善本によった修訂である。ここからは、古本系統の中には前半2句の脱落が存していない写本が存したことを示唆される。『伝光録』の原初形態を考えるうえで、きわめて重要な情報であると言うことができる。 また、『伝光録』には「古本系統」に遅れて出現する「中間本系統」と「流布本系統」という本文系統が知られているが、予備的調査を行った結果、これら2つの系統は、古本系統B群を基軸として成立したことが示唆された。本研究においては、古本系統に焦点を絞って研究を行ったが、今後は、中間本系統・流布本系統についても検討を行い、『伝光録』の本文成立過程を跡付け、日本中世曹洞宗の思想研究に資するテキストの提供を目指すこととしたい。
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