2022年度は,まず,これまでの発音調査で得られた音声データを用いて,非融合アクセントを持つ複合語のピッチの動きを検討した。その中でも,特に「姓+職名」の複合語(例:森田顧問)と「姓+名」の複合語(例:森田太郎)に着目して検討した。音響分析の結果,非融合アクセントの複合語であっても,「姓+名」に比べて「姓+職名」の方が後部要素のアクセントが弱められていることがわかった。このことは,日本語の複合語における非融合アクセントは単一の音声的実現ではなく,複合語の意味関係に応じていくつかのバリエーションを持つことを意味している。 さらに,収録した「姓+職名」と「姓+名」の音声を元に,音声分析ソフトで後部要素のピッチを変え,同一名字の「姓+職名」(例:森田顧問)と「姓+名」(例:森田太郎)の複合語のペアについて,後部要素の「名」と「職名」のピッチ曲線を置き換え, (A)「姓+職名」のピッチ曲線を適用した「姓+名」,(B)「姓+名」のピッチ曲線を適用した「姓+職名」,の合成音声を作成した。それらを用いて聴取実験調査を行った結果,(1) 全体的には(B)より(A)の方が自然である,(2) 無核+無核の場合は(A)と(B)の自然さの差が小さい,という傾向が見られた。つまり,「姓+職名」は後部要素のアクセントが弱められる音声のみが自然である一方,「姓+名」は後部要素のアクセントが弱められない音声に加え,アクセントが弱められる音声も自然である可能性が高い。このことから,非融合アクセントの複合語は,複合語の意味関係によって自然な音声的実現の範囲が異なることが示唆された。
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