九州地方の座頭による語り物文芸は、中世の語り物の最も原初的な姿を伝えているとして、1960 年代頃から民俗学者や国文学者の注目を集め、当時少数ながら、未だ活動していた座頭を対象とした取材・研究調査が始まった。木村理郎、成田守、野村眞智子、兵藤裕己、Hugh de Ferranti等による調査報告書や研究論文が発表され、これらは九州地方における座頭の歴史や演目について知る上で貴重な資料となった。だが、従来の研究においては、演目の一部のみが音声テープや文字起こしによる資料として公開され、これらの伝授・伝承経緯についての情報が不足していた。また、口伝えによる詞章の生成・再構築・変容の仕組み、座頭による語り物とその他の語り物ジャンルとの関係の検討は十分ではなく、実態は解明されていなかった。 中世末期から近世初期にかけて全国的に流行した伝承には、『小栗判官』『石童丸』『俊徳丸』『小敦盛』等がある。これらの語り物は、九州地方の座頭のレパートリーの中核ともなっている。これらは、座頭の流派にもよるが、本来座頭が聞き覚えによって習得し、後に即興的に語っていくものである。その一方、例えば、『景清』『小敦盛』のように、ある時点で晴眼者によって台本化され、語られるようになったものもある。 本研究では、座頭のレパートリーにおける説経物・源平物について分析研究を行った。まず、座頭による『石童丸』『小栗判官』『俊徳丸』『小敦盛』を分析し、各伝承の輪郭や決まり文句・定型文を定め、口頭伝承の再構築の仕組みについて論証した。次に、座頭による演目と、説経を始め、同じ素材を扱うその他の語り物ジャンルとの比較を行い、座頭による語り物文芸に特有の定型的な場面と表現、日本の語り物ジャンルを通じて確認できる定型的な場面・表現を明らかにした。
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