唐の李瀚が初学者のための教科書として編纂した『蒙求』には、李瀚の自注に近い形態の古注が現存する。国立故宮博物院蔵本上巻古鈔本(平安末期書写)と真福寺宝生院蔵下巻古鈔本(鎌倉末期書写)である。平安時代の学者や貴族は『蒙求』を、注の付いた形で読んでいたとされるため、当時の学問を明らかにするためには『蒙求』の古注の受容について実態を明らかにする必要がある。そこで、本研究では、平安時代の漢文学に『蒙求』の古注がどれほど影響を与えているか、他の漢籍の本文や注と比較することで検証した。そして、当時の学問的基盤を明らかにする端緒として、空海の『聾瞽指帰』を取り上げた。 当初の計画では以下の三点を予定していた。①空海が『蒙求』を用いて『聾瞽指帰』を著述した可能性を検討する。②『蒙求』の標題を基に中国故事を横断的に収集し、古注と他の漢籍とを比較することで本文のデータを整理する(⇒研究基盤の構築)。③②のデータを用いて、平安時代の漢文作品がいかなるテキストによって故事を受容しているか検証する。 最終年の令和3年度は、①と②について研究を行った。まず、①については、前年度に引き続き、『聾瞽指帰』に引用されている中国故事を『蒙求』の古注や他の漢籍と比較することで、空海が『蒙求』の古注を利用した可能性について検討した。現存する資料に限りがあるため、断定することは難しいが、空海が『蒙求』の古注またはそれに類する幼学書から中国故事を学んだ可能性を指摘することはできると結論付けた。また、②については、『蒙求』の標題を基に主要な漢籍から中国故事を横断的に収集し、古注と他の漢籍の本文とを照合することでデータの整理を行った。当初の予定より研究が遅れたため、研究成果を発表するには至っていないが、2022年度中に①と②については成果をまとめ、論文などで発表を行う予定である。そして、③については今後の継続的課題としたい。
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