研究課題
この研究は、通常母音が書かれないヒエログリフなどのエジプト文字で書かれた古代エジプト語の母音組織の解明の鍵となるコプト語で未解明の母音字重複の当時の発音を解明するために、コプト語と同じくコプト文字で書かれた古ヌビア語の母音字重複の当時の発音を解明するものです。コプト文字はギリシア文字にエジプト民衆文字を数文字足した文字ですが、ギリシア語では母音字重複がごくまれにしか見られません。コプト語では母音字重複は、書かれている母音と声門閉鎖音を表すという説が多くの学者たちによって取られてきました。コプト語はコプト文字で書かれたエジプト語であり、コプト文字で書かれる以前はヒエログリフなどのエジプト文字で描かれてきたエジプト語の最終段階です。コプト語以前のエジプト文字で書かれた古代エジプト語は概ね子音のみが書かれますが、ある語彙が声門閉鎖音と有声咽頭摩擦音を表す文字が、コプト語での対応語の母音字重複に当たる位置に来ることが多いため、母音字重複は母音と声門閉鎖音だとされてきました。しかし、様々な理由から、これらの声門閉鎖音あるいは有声咽頭摩擦音はある時点で消失し、その前の母音が代償延長されたと考えた方が、合理的であると考えられますが決定的な証拠は出ていません。一方、同じコプト文字で書かれた古ヌビア語の母音字重複は、先行研究によってごくわずかですが、確認されています。そして、コプト語とは異なり、古ヌビア語は、現代の末裔の言語の母語話者が多い言語です。調べてみると、先行研究の例は現代ヌビア諸語の長母音に当たりますが、より多くの例を集めないといけません。そのため、海外の研究者と協力し、古ヌビア語のテクストをデジタルコーパス化しており、その過程で4つの新しい母音字重複の例を見つけました。このうち、3つは現代ヌビア諸語の長母音に対応し、古ヌビア語の母音字重複が長母音を表した可能性が高くなりました。
2: おおむね順調に進展している
Browneの諸研究文献にない古ヌビア語の母音字重複を、デジタルコーパス化している古ヌビア語テクストにおいて4例発見した。これらは1例を除き、古ヌビア語の母音字重複に当たる箇所が、古ヌビア語の現代の末裔であるノビーン語の同源語では長母音である。このことは母音字重複長母音説を支持するが、長母音に対応しなかった1つの例については、声調や歴史変化による説明の必要がある。これらの例については日本オリエント学会および京都大学言語学懇話会の発表などの一部で報告した。現在まで、この結果および現代ヌビア語との比較に関する分析について論文を執筆している。ヌビア語のコーパスの拡充とウェブコーパス化も進展している。Vincent van Gerven OeiおよびAlexandros Tsakosと数多くの古ヌビア語テクストのインターリニアグロス付きコーパスをLaTeX形式で作成してきた。このコーパスは、人文情報学でテクストマークアップの標準形式となっているTEI XML化してデータを公開し他の研究者が二次利用できるようにするほか、さらにウェブでの公開ができるようにHTML形式で視覚化する必要がある。コーパスデータである、インターリニアグロスのパッケージであるgb4e.styが用いられたLaTeXファイルをTEI XMLに変換するコンバータを作成し、さらに、そのTEI XMLファイルをleipzig.jsを用いたHTMLファイルに変形するXSLTプログラムを開発し、マックス・プランク進化人類学研究所が制定したLeipzig Glossing Rulesに基づいたグロスを付したウェブコーパスの一部を完成させた。この結果は、言語学フェス2021のポスター発表にて発表した。現在、このコーパス開発について人文情報学の学会(JADH2021)の論文を執筆している。
古ヌビア語の現代の末裔にあたるノビーン語の分析はまだ進んでいない。古ヌビア語の母音字重複が、現代のノビーン語においてどのように実現しているのかをより詳しく分析する必要がある。ただ、コロナ禍のため、エジプトでのノビーン語調査は現実的ではないため、ノビーン語話者をコンサルタントとした調査をインターネットを用いて遠隔で行う方法を模索する。特に、新しく発見した古ヌビア語の母音字重複に対応するノビーン語の語彙の母音の長短を母語話者に確認する必要がある。また、これらの対応語の母音の声調についても調べる必要がある。ノビーン語にはアフリカ言語学でよく議論されるタイプの声調があるが、古ヌビア語ではその声調に関する研究が皆無である。また、ノビーン語の先行研究においても声調は一部の研究を除いて十分記述されていない。そのため、ノビーン語の諸語彙の声調を精査し、古ヌビア語の母音字重複が声調と関わりがあるものなのかどうか、母音字を重複させる要素が母音の長短以外にあるのかを確かめなければならない。古ヌビア語コーパスもよりテクストを増やし、拡充しなければならない。未公刊の羊皮紙文献や碑文や陶片に書かれた文献も視野に入れ、より多くの古ヌビア語のテクストをデジタル化し、母音字重複を検索可能にする。さらに、そのデータは、他の研究者が各自の研究で有効活用できるよう、人文情報学におけるテクストマークアップの標準形式となっているTEI XMLで順次公開していくほか、開発したXSLTファイルでウェブページに変形し、ウェブコーパスとして公開していく予定である。本年度は最終年度であるため、コーパスをより拡充・公開していき、このコーパス開発について論文を完成させるほか、拡充したコーパスでより多くの母音字重複を発見し、それらを分析して、コプト語の母音字重複の解明の手がかりとなるよう結果を残し、論文として公表したい。
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東方キリスト教世界研究
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