前年度に引き続き資料集め、資料読解・分析を行った。日系人文学や外地からの引揚者による語りを扱う他に、越境文学として村上春樹のテキストも研究対象に含めた。日本文学の海外受容に関して言えば、これまで日本文学は「伝統的日本」を求める海外の読者を意識して翻訳される傾向があったのに対し、村上春樹作品の読者は日本について知ることを目的に作品を読むことは少ない。そこには文化的差異を越えた共感があり、それが読者とある種の化学反応を起こしていると考えられ、文化的特殊性や時代的特殊性が村上春樹を通してどのように越境しているかを知ることで、グローバル時代の文学受容の変遷を窺い知ることができる。また、村上春樹作品の海外での人気には、資本主義社会や情報社会に対して公然と批判する登場人物たちへの読者の共感が影響しており、これはグローバル化による習慣や価値観の画一化への危機感が国を超えた読者に共有されていることを示唆している。ポスト・グローバル化時代の文学の役割を理解するにおいて貴重なテキストとして村上春樹作品を取り上げ、研究発表を行った。 また文学における移動性を掘り下げるため、文学と切り離せない言語の変遷に関する資料にも目を通した。やまと言葉から変化を続ける日本語は、グローバル化の影響をよく表しているとも言える。言葉が本来の意味から変化する過程にどのような社会における価値観の変容があったのかを分析することで、言葉が文化的他者に触れることによる影響について考え、その枠組みを持って移動文学を読み返す試みを予定していたが、研究を中断するに至った。
|