本研究が対象とするアレイン・ロック、ゾラ・ニール・ハーストン、クロード・マッケイというハーレム・ルネサンス期の黒人作家・思想家について、民衆文化(フォークカルチャー)と即興という観点から新たな知見を獲得することができた。まず、アレイン・ロックとハーストンについては、両者がともに黒人霊歌(ニグロ・スピリチュアル)をはじめとする黒人の民衆文化に着目しつつも、その文化的な価値を判断するにあたって「即興」概念をめぐって対象的な見方を示している点が明らかになった。ロックが黒人文化は最終的には西欧的な伝統や形式へと同化すべきであると考えたのに対して、ハーストンは一見、無軌道で非形式的な黒人文化は、西欧の美的伝統とは異なる美学によって成立している点を論じた。特定のコミュニティに固有の暗黙知化されたルールや形式に依拠しながら即興的に音楽や民話、舞踏といった表現行為が集団的に行われる、という黒人文化についてのハーストンの叙述は、西欧的な「楽曲」(composition)が抑圧するものとしての即興(improvisation)の美学として、批判的即興研究の枠組みから整理することができる。しかしながら、ハーストンは近代化が否応なく押し寄せる20世紀初頭のアメリカにおいて、即興を可能にする黒人コミュニティの伝統的なつながりや文化的遺産が、どのように変化するのかという点についてはっきりとした立場を示すことができなかった。この点について興味深い視点を提供しているのが、ディアスポラの状況において様々な人や物が交錯する国際的な状況に着目したマッケイである。マッケイの小説は、経済ネットワークの両義性に着目しつつ、黒人文化というものがそれ自体、商業主義と結びついた文化と物資の拡散を利用しつつ、即興的に生成されるものであることを示している。
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