本研究は、フランス語作家ナタリー・サロートの文学作品の分析を総合的に行い、多様なジャンル(小説・詩・演劇・映像ほか)で変貌を遂げていった20世紀的な表現の展開を、新たな視点で捉えることを目ざして進められた。今年度は、作品分析を行うかたわら、サロートについての実存的側面からの具体的なアプローチによって、この作家の時代的な位置づけについて具体的に分析した。とくにシモーヌ・ド・ボーヴォワールとの衝突や、ハンナ・アーレントとの友情関係に着目したことで、作品解釈への多大な手がかりも得られた。その成果は、「ナタリー・サロートと見出されゆく現実性 : 『トロピスム』から『プラネタリウム』まで」と題した論文にまとめた(『駒澤大学外国語論集』第34号)。これは、令和2年度の論文「ナタリー・サロートのはじまりのトロピスム」(『駒澤大学外国語論集』第30号)の内容につづいている。 サロートは、作家として広く認知されることになった「ヌーヴォー・ロマン」の潮流よりも20年以上を先がけて、独自の小説の方法を探求しはじめていた。その探求は、一貫して「新しい小説」を書くための試みなのではなく、「新しい対象」を見出すための試みであったということを明示するために、この作家の姿勢に、若いころから多言語世界を生きてきた作家の感性や幼少期からの文学体験がきわめて重要な役割を果たしているということを検討した。まだ表現されていない対象を、「未知の“現実性”」と呼び、それを執筆を通して見出してゆこうとしたこの作家の炯眼は、その文学的価値が認められるのに多くの時間を要した20世紀を越えて、21世紀の私たちが直面している諸問題(アイデンティティーの揺らぎ、ジェンダーやハラスメントなど)にかな密接に結びついている。ただし、そうした共通する事象、共通する人間の感性を描きだすのは、現代とは異なる20世紀的な言葉づかいなのである。
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