本研究は、現代イギリスの劇作家キャリル・チャーチルの後期作品と、同時代のユーゴスラヴィア空爆反対運動との連関を明らかにすることを目指した。本研究では、作家と作品の政治的な結びつきの具体例の一つである空爆反対運動に着目することを通して、現代イギリス演劇と同時代の社会との関わりの一側面を明らかにすることができた。また本研究は、ポスト冷戦期における政治的変動とそれに呼応する市民運動に、現代イギリスの文学・文化・芸術作品を形成する要因の一つとして注目し、現地調査による運動の実態に関連する資料の発見を行ったという点においても、現代イギリスの文学・文化研究の分野における重要な貢献の一部を担うことができたといえる。 本研究では、(1)イギリスのウォーリック大学Modern Record Centre(MRC)、大英博物館、BFI(British Film Institute)の資料館における海外調査を実施し、ユーゴスラヴィア空爆反対運動の実態に関する資料を収集した。とりわけウォーリック大学MRCには、Labour CND内の空爆反対キャンペーンに関するデモの告知やトニー・ブレア首相に対する抗議の手紙等の貴重な資料が収蔵されていることを確認できた。また大英博物館やBFIでは、同時代のユーゴスラヴィア空爆に関する報道映像やテレビ番組等を調査し、メディアにおけるユーゴスラヴィア空爆の表象に関する分析を進めることができた。 これらの調査の結果を踏まえ、ユーゴスラヴィア空爆反対運動に関わりの深いイギリス人劇作家の内、ハロルド・ピンター、ハワード・ブレントン・キャリル・チャーチルの三人のユーゴスラヴィア空爆反対運動への関わりと作品の連関について検討することで、劇作家がそれぞれ言語・左派の内部の対立・正義の言説といった異なる観点からユーゴスラヴィア空爆に対する反応を行っていることを確認した。
|