研究課題/領域番号 |
20K21997
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研究機関 | 日本女子大学 |
研究代表者 |
中野 顕正 日本女子大学, 文学部, 研究員 (10882813)
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研究期間 (年度) |
2020-09-11 – 2022-03-31
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キーワード | 能・謡曲 / 寺社縁起 / 当麻曼荼羅(当麻曼陀羅) / 当麻 / 中将姫 / 志度寺縁起 / 海士 / 東国下 |
研究実績の概要 |
2020年度の研究では、主として以下の三点につき、研究成果をまとめることが出来た。 その第一は、能《当麻》《雲雀山》の典拠となった当麻寺縁起に着目し、その縁起の成立・展開史の中に能作品を位置づけるというものである。《当麻》については、既に拙稿「能《当麻》の主題と構想」(『能と狂言』15、2017年7月)・「能《当麻》における宗教的奇蹟の空間造形」(『国語国文』86-8、2017年8月)において、作品からみた縁起摂取の在り方について論じているが、本研究はその成果を継承しつつ、今度は縁起からみた能作品の相対的位置を検討することで、縁起展開史上における能作品の位置を明らかにすることができた。その成果としては、「當麻曼荼羅縁起成立考」(『古代中世文学論考』43、2021年4月)および「『当麻曼陀羅不審問答抄』の成立環境」(『仏教文学』46、2021年6月)が挙げられる。 その第二は、志度寺縁起を題材とする能《海士》を取り上げ、能作品における縁起の摂取と改変の方法・意図を検討するというものである。従来、能《海士》の物語内容面については、志度寺縁起と能との共通点に着目し、その背景となった宗教言説の世界を検討するという方法での研究が行われていた。本研究はその成果を継承しつつも、むしろ縁起と能との相違点に着目し、縁起に基づいて能作品が構築される際の作為性という観点から考察をおこなった。その成果としては、「能《海士》の構想」(高橋悠介編『宗教芸能としての能楽(仮題)』勉誠社、2021年夏頃刊行予定)が挙げられる。 その第三は、乱曲《東国下》における三島大社の描写について検討し、三島縁起との関わりをもとにその意義を論じるというものである。その成果としては、「乱曲《東国下》小考――『東関紀行』との関わりを中心に」(『銕仙』705、2020年10月)が挙げられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上記「研究実績の概要」においても示したように、本年度の研究では、下記の三点につき成果を得ることができた。 ①当麻寺縁起と能《当麻》《雲雀山》の比較 ②志度寺縁起と能《海士》の比較 ③三島縁起と謡い物《東国下》の比較 このうち①は、縁起に焦点を当てることで能作品の相対的位置を明らかにするというものであった。また②・③は、能に焦点を当てることで縁起の相対的位置(能作品中での使われ方)を明らかにするというものであった。このように、本年度の研究においては、〈縁起を中心に考察することで能の相対的位置を明らかにする〉〈能を中心に考察することで縁起の相対的位置を明らかにする〉という双方の観点から、寺社縁起と能作品との関係性を考察するための様々な論点を得ることができた。それにより、本研究の核心である〈縁起から能が構築されてゆく原理を解明する〉というテーマを解決するための切り口となる、様々な角度からの問いの立て方を獲得することができた。 特に①については、能作品に至る縁起展開史じたいの中に極めて複雑で複合的な要素が入り込んでいることが、本年度の研究を通して明らかとなった。こうした、次なる研究に向けた問題点を得られたことは、本年度の研究の大きな収穫であると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
本年度の研究のうち、能《当麻》《雲雀山》の背景となる当麻寺縁起について考察を深めることができたのは、極めて重要な収穫であった。当麻寺縁起は、鎌倉時代初期頃に原型となるものが発生し、鎌倉中期頃にその物語の大枠が確立されたものだが、それが南北朝・室町期成立の能作品へと到達するまでに、複雑な環境的要因の中で物語が展開し、享受されていたことが、本年度の研究を通して明らかとなったのである。 本年度の研究によって得られた成果は、主として、鎌倉中期頃に当麻寺縁起の物語の大枠が確立されるに至る環境を明らかにした点にある。それによって、鎌倉時代的文脈における縁起物語の主題が明らかとなったことで、室町時代的文脈の中で成立した能作品の主題との間に存在する距離を測ることができ、縁起展開史上における能作品の相対的位置が明らかとなった。但し、現時点ではあくまで、縁起の成立した鎌倉中期と能の成立した室町期とを二項対立的に比較したに過ぎず、そうした鎌倉期から室町期にかけての物語の質的変化がいかなる過程を経たものであるかについては、未だ考察を深めきれていない。その変化の経緯と実態とを明らかにし、当麻寺縁起から能《当麻》《雲雀山》が成立するに至った文脈を明らかにすることが、能という演劇が縁起という基盤の上に成立するに至る原理を解明する上での、極めて重要な視点を提供するものと考えている。 以上の問題意識のもと、次年度は特に当麻寺縁起に焦点を当て、鎌倉期から室町期への縁起の質的変化と、その中で能作品が成立するに至った過程の諸相を明らかにすることを、特に進めてゆきたいと考えている。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍が収束の気配を見せず、またコロナ禍の中での出張の取り扱い等について研究機関側でも試行錯誤の段階であったため、出張の頻度を下げざるを得なかったことによる。 次年度は、当初予定していた使途での研究費利用に加え、奈良国立博物館「仏教美術資料研究センター」での資料データベース閲覧等を目的とした出張を複数回おこない、研究のための資料・情報収集に努めたいと考えている。
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