本研究は、寺社縁起を題材とする能の作品につき、縁起説話の成立・展開史の中での能の位置を明らかにし、それら典拠縁起から能が構築される際の方法の解明を目指したものである。中でも、寺社縁起・宗教文学との関わりの深い黎明期・大成期の能を中心とし、古作(世阿弥以前の時代)の能・謡い物として《海士》《雲雀山》、世阿弥作の能として《當麻》を取り上げ、特に検討をおこなった。 このうち《雲雀山》および《當麻》は、奈良県葛城市に現存する當麻寺の本尊「當麻曼陀羅図」の感得縁起を題材とする作品である。本研究では、この縁起の原形が鎌倉中期に成立して以来、鎌倉・室町期を通じて縁起説話が享受・展開してゆく具体相を整理・体系化することで、《雲雀山》《當麻》の背後に存在する曼陀羅縁起享受史の全貌をほぼ解明し、これら両作品のもつ縁起展開史上の位置を明らかにすることができた。 また《海士》は、四国八十八箇所巡礼の霊場として知られる、香川県さぬき市の志度寺の縁起を題材とする作品である。本研究では、縁起説話と能との相違点に着目し、縁起の物語内容を換骨奪胎することで能作品がいかなる意図のもとに構築されたのかを明らかにすることができた。 これらの研究により、中世の寺社縁起・宗教文学の世界から能作品が構築される際の意図・原理を明らかにするための端緒を拓くことが出来たと考えている。それは、能作品を中世文学史の中に位置づけ、能作品を一つの構造体として読み解く上での、重要な視座を与えるものとなったと信じている。
|