中世絵巻の詠歌場面に着目し、絵画と詞書の間に新たな解釈が生成されていく機構を明らかにすることを目的として、令和2年(2020)秋より本研究を開始した。調査対象は①時宗の歴代遊行上人の行状絵巻②遊行上人の和歌③西行物語伝絵巻諸本の三点である。 前年度に引き続き出張の制限が続いた。しかし本支援によって購入した図書や取寄文献などが、時宗絵巻の『一遍聖絵』『遊行上人縁起絵』と、『西行物語絵巻』の予想以上に密接な関わりに気づかせてくれた。 令和3年9月の発表内容に基づく論文「西行伝絵巻と時宗―『一遍聖絵』『遊行上人縁起絵』東国遊行の場面について―」では、白河関場面とその前後の東国の旅の場面の類似性にはじまり、詠歌内容や画面の描写の特徴から二つの時宗絵巻の意図を探り、中世時衆が早期から西行伝絵巻を受容していたことの傍証とすることができた。 次に絵巻全体の詠歌場面へと視野を広げることで、信濃・京・西国での詠歌場面の意義の解明へと発展させることができたのが「『一遍聖絵』の和歌 ―旅の実景として」である。ここでは、詠歌表現と詠出場所・日時に注目することで、『一遍聖絵』の一遍の和歌の中のこれまで顧みられる機会が少なかった箇所から、『伊勢物語』の東下りにおいて詠まれた浅間山の煙や、河野氏にとって重要な「承久の政変」の記憶を持つ隠岐島などの、遊行の道中で一遍が目前に捉えた光景の記憶をすくい上げることができた。 教義に関わらない和歌や絵画化されていない詠歌は、高僧伝絵巻においては従来存在が軽視されがちであった。しかし高僧伝絵巻を和歌の伝統の文脈の中で再解釈することで、新たな発見が生まれることがある。絵巻における和歌の重要性を提示できたことは本研究の最も大きな意義であり、引き続き解明を続けていきたい。
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