研究実績の概要 |
本研究は、わが国初の国立ハンセン病療養所である長島愛生園(岡山県瀬戸内市)を事例に、戦後民主主義のもとで1953年にらい予防法が制定され政策的隔離が継続したことの歴史的意義について、自治会の再建や法改正への取り組みを含む運動の諸契機を分析することを目指した。分析対象とした長島愛生園自治会所蔵資料については4,364点の目録作成が完了し、研究基盤の構築を果たすことができた点は大きな意義を有するといえるものの、火災により当該時期の史料の多くが失われていることが判明した。これにより、当初計画を見直し、分析史料の対象を長島愛生園歴史館が所蔵する療養所の運営記録や入所者の著作物・個人資料にも広げつつ、戦時期から戦後への療養所の変容とその意義についての考察を進めた。 その結果、戦後の当事者運動における、園との協調を重視する穏健な立場と、戦後民主主義に相応しいラディカルな変革を求める立場との激しい対立や、職員のなかにも治療薬や社会の変化を踏まえた見解の相違があったことが確認された。そうした諸動向を正確に捉える必要から、治療薬の獲得や法改正といった研究計画で想定していた論点を多方面に拡張することに努めた。これにより、自治会の史料が残されていたことも含め、入所者の運営する療養所内の「売店」の動向を戦前から戦後への変化を踏まえて論じるなど、従来実態が未解明であった新しい分析視角も発見・提示することができた。当初計画していた論点については今後さらに分析と成果発表を継続していくこととする。 なお、研究期間全体を通じて、新型コロナウィルス感染症の世界的流行のなかで、療養所における調査が不可能となった時期があり、また予定していた国際学会での発表等も実現できないなど大きな制約をうけたものの、とりわけ長島愛生園関係者のご尽力により研究を実施することができた。
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