本年度は、第一に、昨年度に行った法的確信の研究成果を査読つきの公表論文(「法的確信(opinio juris)の現象学的解明」『現象学と社会科学』)としてまとめ、単なる慣行から慣習法を区別する一要件としての法的確信(opinio juris)がどのような構造を備えた意識状態であり、またどのような過程で生成するのかを論じた。当該研究の過程で、法的確信は、慣習法を遵守する者の観点からアプローチするのみならず、慣習法認定に携わる裁判官の法経験に定位した分析が必要であることがわかった。 そこで、第二に、法を強制的な裁決規範として捉えるハンス・ケルゼンの純粋法学をエトムント・フッサールの現象学で補強し、法の本質探求を試みたフリッツ・シュライアーの法理論について調査し、その成果を研究会(ドイツ法哲学研究会)で報告した。シュライアーの法現象学は、現在の法哲学の研究水準から見たとき、法をもっぱら強制性との関係でのみ把握する点で狭隘過ぎるという難点を抱えるものの、彼の法志向作用(Rechtsakt)の概念は、間主観的意識を通じた法秩序(法的確信)の構成過程を分析するにあたって有用であることが明らかとなった。 第三に、以上の研究を通じて、法への現象学的アプローチが今後取り組むべき課題が明確化された。すなわち、法的確信という意識の構造および法秩序の構成過程の分析のためには、行為規範としての法を遵守する一般市民、組織規範・裁決規範としての法を遵守する公機関の成員、社会の成員の法実践の特徴を観察者の観点から記述する法理論家といった様々に異なる法経験の特質と差異を解明する必要がある。この課題に取り組む上で、H.L.A. ハートの内的視点/外的視点の区分論を見直し、視点(point of view)を態度(Einstellung)という現象学の概念によって置き換える必要性があるという示唆を得た。
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