研究課題
令和2年度は、生存権の「自由権的側面」の意義を探究し、その違憲審査の手法を明らかにすることを目的として、研究実施計画に基づいて以下の研究を遂行した。まず、給付の「縮減」を伴う社会法上の制裁規定に対する違憲判決である、ドイツ連邦憲法裁判所の2019年判例(BVerfG, Urteil des Ersten Senats vom 5. November 2019- 1 BvL 7/16 -.)の意義について、従来の判例との異同も踏まえつつ明らかにした。そこでは、縮減規定を「内容形成」ないし「制約」のどちらとして捉えるべきかという学説上の議論との接合性や、ある一つの規範から異なる二つの権利が導出されている可能性などを追求した。また、主として関東圏の大学院生・教員により構成される合同研究会において、上記の研究の成果に博士論文の内容を接合させて、オンライン研究報告を行った。さらに、判例の検討を通じて、特に手続的統制と裁量についての重要な先行研究(Laurence O’hara, Konsistenz und Konsens, 2018.)を踏まえた上で、税法と社会法における審査枠組みや、審査密度の相違についても解明した。このようにして獲得した知見に加えて、博士論文における検討を加えた成果をまとめて、共著(松本奈津希「生存権保障の可能性──自由権的側面の現代的意義を考える──」憲法理論研究会編『憲法学のさらなる開拓』(敬文堂・2020年12月))を執筆することが出来た。
3: やや遅れている
研究実施計画に基づき、その中心をなしていたドイツ連邦憲法裁判所の2019年判例を分析することができた。そこでは特に、本判例が第一次ハルツⅣ判決をはじめとした従来の判例とは、構造からして異なるものであるという結論を導き出すことができた。また、それだけにとどまらず、審査枠組みについて手続的側面からの検討を加えることができたことも、研究の大きな進展である。こうした研究成果は、立法・行政裁量が強調されるばかりで、裁判所が踏み込んだ判決を下すことが難しい日本の裁判実務にとって、非常に有益な示唆を与えてくれるように思われる。このように、本研究は着実に遂行されていると評価しうるが、他方で、令和2年度はコロナウイルスの影響により、国内外において資料収集が困難な状況が続いてしまった。とりわけドイツにおける在外研究や資料収集を行うことが出来なかったことは、本研究にとってマイナスである。そのため、現在までの進捗状況は(3)やや遅れていると評価せざるを得ない。
今後は、社会法だけでなく、2019年の税法判例(BVerfGE 152,274)における最低生活保障の手法についても検討する。そこでは、基本法20条1項の社会国家原理と基本法1条1項の人間の尊厳だけでなく、基本法3条1項の平等原則もまた非常に重要な役割を果たしていると推察される。日本においても、憲法25条の生存権にかかわる問題には、憲法14条の観点が含まれる場合がある。生存権保障の可能性を多角的な視点で検討するためにも、上記の判例を素材として、税法と社会法のあいだに存する最低生活保障の手法を解明していく。また、コロナウイルスの影響によりドイツの在外研究が困難である期間は、ドイツの優れた研究者・大学教授と、オンラインによる交流を行っていく。これにより、研究をさらに深化させることが可能となると思われる。
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一橋法学
巻: 19巻2号 ページ: 333-404
10.15057/31344