研究課題/領域番号 |
20K22052
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研究機関 | 信州大学 |
研究代表者 |
弘中 章 信州大学, 学術研究院社会科学系, 准教授 (00878382)
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研究期間 (年度) |
2020-09-11 – 2024-03-31
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キーワード | 災害補償 / 労災保険制度 / 公務災害 / 過労死 / 過労自殺 / 官民均衡 / 官公均衡 |
研究実績の概要 |
本年度は、①災害補償制度が官民間でどのような異同をもって構築されているか、②そのような制度配置となった要因は何か、③官民間での制度の違いは「不均衡」と評価されるものでないか、④問題があるのであればこれを解消できる方法は何かについて検討を行い、博士論文としてまとめた(特にその第3章)。その概要は次のとおりである。 ・災害補償制度は、公務部門と民間部門でほぼ完全に別々に構築されており、官民間だけでなく、国と地方との間においても、基本原理上の大きな違いがみられる。特に、地方においては適用関係が複雑となり、理解が難しい状況が生み出されている。他方、別々に制度が構築されながらも、実体基準では、官民(さらに国・地方において)極めて近接した内容を持っている。給付水準の一部において「公務の特殊性」などが考慮される面はあるが、その上で比例的な取扱いの違いが実現しており、制度間の均衡が確保されているものと評価できる。 ・近接化をもたらす要因としては、a「官民均衡」「官公均衡」という指導原理が強く意識されている、b法の目的が官民で共有されている、c最終的な司法審査を担当する裁判所において災害補償制度を官民で区別する発想が見られない、d労災補償制度におけるいわゆる併存主義のもと、官民の共通基盤としての損害賠償原理が両制度の均衡を調整する機能を有している等を指摘できる。 ・しかしながら、手続面において官民間で大きな違いが存在しており、手続の違いが「不均衡」と評価しうる状況を生み出している。この問題性は地方の非正規公務員において顕著である。手続面で官民に違いが生じる要因は明確ではなく、それゆえ災害補償分野における労働関係法規の公務員への適用除外(官民の制度の関係性の当否)を評価する上では、手続上の取扱いの違いを十分に考慮する必要がある。その結果、立法論として、手続の改善の必要性が強く示唆される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度もコロナ禍の影響が続く中で、日本の災害補償制度についての全体的な見解を博士論文としてまとめることに注力したため、訪問調査(実務家インタビュー、英国実地調査)が完了していない。そのため、補助事業期間の再延長を申請し、承認を受けることとなった。 他方で、研究代表者は、上記博士論文の執筆のほか、引き続き公務員労働法制に関する実務家向けの書籍(共著)の執筆に参加し、本研究の成果を反映させることに努めた。今年度中の書籍発行は実現しなかったものの、2023年2月には担当部分を脱稿し、出版社との協議を経て、今後、2023年末に出版される見通しが立った。 以上のとおり日本法における研究はおおむね順調に進んでいると評価できるものの、その成果を踏まえた実地調査が遅れているため、全体評価としては「やや遅れている」とした。
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今後の研究の推進方策 |
前記のとおり日本における官民を通じた災害補償制度に関する一定の見解をまとめることができたため、これを基礎として、遅れている訪問調査を最終年度中に確実に実施する。 このうち、日本の実務家に対するインタビュー調査においては、研究代表者の見解がどこまで実務家に受け入れられるのかという点から自説を検証していく。これについては、2023年3月に1名に対するインタビューを実施し、2023年4月上旬に1名の実施予定があり、さらにもう1、2名に対する聴取を実施計画中である。 また、英国の災害補償制度に関する調査においては、前記の日本法の概要と比較したときに同国では官民で災害補償制度が区別されていないという特徴を有するため、その要因は何か、官民が区別されない場合の手続はどのようなものになるのかという点から情報を収集していく。 なお、博士論文に基づいて日本労働法学会で報告することを計画しているが、この準備作業も、研究推進の契機としたい。
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次年度使用額が生じた理由 |
コロナ禍の影響により旅費が執行できていないことが主たる原因である。
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