本年度は昨年度に引き続いて子ども法史の方法の検討・戦前期親権論の展開の分析をおこない、論文1本の成果を得た。同論文の大要は次の通りである。第一に、戦前期の児童虐待防止法制に関する先行研究の検証を通じて、子ども法史研究には領域横断的・学際的な視角が不可欠であることを示し、子どもを様々な要素のハイブリットとして捉えそれぞれの時代・場所における子ども観を解きほぐすことを志向する近年の子ども社会学の動向に学ぶところが大きいことを提言した。第二に、往時において親権の性質・目的がどのようなものと認識されていたかを分析し、〈親の義務としての親権〉や〈子どもの利益のための親権〉を肯定する親権論が多数であることを明らかにした。第三に、しかし各文献が想定する読者層を加味したとき、民衆に向けて発信された親権論では学術的著作に比べて親の義務や子どもの利益に言及しないことが多いことが分かった。親権法学は〈親の愛情のもとで適切な利益保護を受けながら育つ子ども〉という子ども像を早くから提示していたが、それが民衆レベルまで伝わらなかったところに児童虐待問題における「親権の壁」が生じたという見通しを示して結論とした。 また、本年度は戦前期の学校・家庭における体罰についての分析もおこない、以下の知見を得た。第一に、明治期には教育界を中心に体罰肯定論が圧倒的多数であったこと、第二に、教育現場での経験に基づいて体罰を肯定する論者に対して、法学は有効な反対論を打ち出せなかったこと、第三に、大正期になると体罰否定論も存在感を示すようになったこと、第四に、その背景には子どもの内面・人格を尊重する考えがあり、近代的子ども観の動向と密接な関係にあると思われることである。上記の成果につき、現在公表に向けた作業をおこなっている。
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