(1) 新型コロナウイルス感染症の流行を念頭に置いた、感染症対策の規範分析の知見を整理した。経済活動と感染症の流行を関係づけたモデルに基づき、社会の厚生を最大化する政策を考えることで、健康と経済を同時に考慮した対策を設計する理論的基礎が与えられる。経済活動を制限すると、感染症の流行も抑制され、そこに健康と経済のトレードオフが存在する。 一律の活動制限と比較して、対象を選別して活動を制限する対策をとることで、効率性を高めることができる可能性がある。一律の活動制限との比較では人的被害と経済的被害の両方を軽減することが可能になり、一律の活動制限と選択的な活動制限とは、トレードオフの関係ではないことが示される。 (2) 日本の新型コロナウイルス感染症対策では、感染症に対応できる医療資源(感染症病床)が極めて限られているために、経済活動の制限が加えられている。定常状態を分析できるSISモデルを用いて、医療資源制約を緩和する政策の便益と費用の概念整理を行った。効率的な対策が打たれた場合の定常状態での人的被害と経済的被害のフロンティアに見られるトレードオフでは、医療資源制約を超えるとトレードオフの関係がより深刻になる。このフロンティアの屈折点が感染症病床の拡充によってどのように動くかが、拡充の厚生判断に重要となる。医療資源拡充の限界便益は「経済活動の増加にともなう新規感染者の増加×新規感染者当たりの社会的費用」で推計できる。資源拡充の限界費用は、第3波までの経験から、回復期患者を一般医療機関で引き受けることで病床の拡張が可能であることがわかった。限界費用の第一次近似は診療報酬と補助金となる。 また、SIRモデルで被害緩和戦略がとられる場合は、医療資源制約内に感染を抑えた状態は、SISモデルと類似の議論が可能になる。しかし、病床の拡充によって活動制限期間が短縮されるという便益が加わる。
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