当初の目的は自己の現在バイアスに関する学習を行うエージェントのモデルを提示し,その基礎付けをすることだった.2021年度の時点でその研究は難しいと思われたため,より基礎的な動学的環境における主観学習の研究にテーマを切り替えた.主観学習とは,動学的環境において不確実な事象について逐次的に情報を獲得するエージェントを研究する領域である.この領域で考察される主要な問題は,複数回逐次的に選択を行う選択状況(多段階メニュー)に対する選好関係から,エージェントの情報構造を識別できるか,というものである.この問題は既存研究においても考察されてきた.情報獲得が一回,または二回の場合に関してはその特徴付けが知られている.しかし三度以上の場合に関しては未解決問題として残されていた.2021年度の研究結果はこの問題を解いたことである.2022年度の研究で考察したのはこの種のモデルで表現されるエージェント間での比較静学である.二人のエージェントについて,一方がもう一方と比較して最終的な選択(コミットメント)を先延ばしにする場合,前者は後者と比べてコミットメント回避的(more averse to commitment)であるという.将来より豊富な情報を獲得するエージェントほど,コミットメントを先延ばしにしてその情報を利用する価値が高いため,コミットメントを先延ばしにする.従ってコミットメント回避性は情報の豊富性を反映したものと考えられる.2022年度に証明したのは,コミットメント回避性によるエージェントの比較と情報構造の豊富性によるエージェントの比較が等価なものであるという比較静学定理である.以上の内容は2023年度中に査読付き雑誌に投稿する.
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