プロジェクトの最終年度にあたる本年度は、公式統計を基に前年度までに構築した1927年から1935年までの東京市の区・年レベルのパネルデータを用いて、最終的な分析結果として公益質屋の貸付増加と健康状態の改善との間に統計的に有意な関連性を見出した。具体的には、同期間の公営質屋の普及が乳児死亡率を5.6%、胎児死亡率を7.8%減少させることに関係していたことが明らかとなった。また、これらの減少が、公益質屋の提供する低利息の融資による低所得層の人々の栄養状態や衛生状況の改善の結果であることが示唆された。一方で、より運営規模が大きい私営質屋と健康状態との間には、有意な関係は見られなかった。また、複数の方法を用いて以上の分析結果の頑健性を確認した。こうした研究結果は、以下の点で重要である。第一に、歴史的なマイクロ金融機関である公益質屋が、金融面での貢献を超えて健康状態の改善にも寄与したことを示した。第二に、国民健康保険制度が存在しなかった時代に、金銭的な苦境に伴う健康リスクを軽減することにより、公益質屋の普及が歴史的な死亡率低下に繋がったことを明らかにした。最後に、金融史の観点から公益質屋の重要性を示した。現代のフリンジバンキングの功罪については未だ結論が出ていないが、本研究は、欧州の公営質屋制度を模倣した戦前日本の公益質屋が、社会保障的役割を担っていたことを明らかにした。これらの研究成果は研究論本としてまとめ、査読付き国際学術誌に投稿している。
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