研究課題/領域番号 |
20K22138
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研究機関 | 神奈川大学 |
研究代表者 |
舟橋 秀治 神奈川大学, 経済学部, 准教授 (40884383)
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研究期間 (年度) |
2020-09-11 – 2022-03-31
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キーワード | ディープラーニング / 機械学習 / 近似解 / Wiener-Ito Chaos展開 / デリバティブ / モンテカルロ法 / 確率ボラティリティモデル |
研究実績の概要 |
金融実務において,派生証券の価格付けには(1)モンテカルロ法や有限差分法に代表される数値計算法,(2)特異摂動法や漸近展開などの近似手法が用いられてきた.一方で,ここ数年はファイナンスにおける機械学習の活用が活発に議論され,応用上・理論上の重要な結果が数多く得られている. しかし,金融機関で扱われる派生証券は取引額が大きく,僅かな推定誤差でも巨額の損失が生じる可能性があり,機械学習を精度良く高速に実行する手法の開発が実務上重要な課題となっている.本研究はこういった社会的要請に裏打ちされたものである. 当該年度の研究では,原資産が確率ボラティリティモデルに従う場合におけるヨーロピアン・オプションやバリア・オプションの価格付けに対して,人工神経回路網(ANN)の技術と漸近展開法を組み合わせた新しい評価手法を開発し,従来の手法に比べて高速かつ高い精度で派生証券価格を計算することが可能となった.具体的には,これまでの一般的なANNの手法とは異なり,派生証券価格を直接学習推定するのではなく,派生証券とそのWiener-Ito Chaos近似との差を学習させることで,学習データ数を10~100分の1に抑えながら,ハイパーパラメータ(隠れ層やノードの数)を従来の半分以下に設定しても,派生証券価格を安定的に推定することが可能となった. また,本手法をANNと特異摂動法を組み合わせることで,実務上重要なSABRモデルへと応用し,数値例を通してその有用性を証明した.さらに,確率ボラティリティモデルの下でヨーロピアン・オプションの価格を高い精度で計算する近似手法を開発し,原資産がフラクショナル確率ボラティリティモデルに従う場合をはじめ,モデルの市場へのキャリブレーションを効率的かつ高精度の可能にする手法を開発した. 以上の結果を1本の国際学術誌(査読つき)と1本の国内誌にて公刊した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
国際学術誌に論文1本が掲載され,国内の学術論文誌に1本が掲載された. 漸近展開に基づく派生証券価格の近似は,複雑な確率過程に従う原資産の上に書かれた派生証券価格やそのセンシティビティの効率的な算出を可能にする.一方で,近似の次元が上がれば,近似式の算出が煩雑になることに加え,計算負荷も指数的に増加することから,一般には有限次元に限られる.人工神経回路網(ANN)を用いると派生証券価格の評価は,(1)オフラインでのトレーニングと(2)オンラインでの価格の推定に切り分けることができ,日々のトレーディングに必要なオンラインでの推定は高速計算が可能で,実務上有用である.しかし,オフラインでのトレーニングには,ハイパーパラメータ(隠れ層やノードの数)を訓練するために数値計算(モンテカルロ法など)を用いて生成した大量の学習データが必要となり,計算負荷が大きい.さらに,深層学習を用いた派生証券価格の学習では,派生証券のベガが釣り鐘型をしているため,勾配爆発や勾配消失として知られる不安定な挙動誘引し,学習を阻害する一因となっている. 第1論文では,Wiener-Ito Chaos(WIC)展開とANNの技術を組み合わせることで,互いの長所を生かすとともに,欠点を補うことで安定的かつ高速に派生証券価格を算出する手法を開発し,ヨーロピアンやバリア・オプションの価格付を通してその有用性を示した. 第2論文では,特異摂動法とANNの技術を組み合わせることで, 実務で広く使われているSABRモデルに応用し,本手法の有用性を確認している. また,現在作成中の論文では,当初の研究計画にはなかったが,より精度の良い近似手法を開発することで,本手法を用いたANNにおける派生証券価格の推定精度を上げることができるため,本研究に繋がるテーマであると考えて取り組んでいる.
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今後の研究の推進方策 |
既に人工神経回路網(ANN)を用いた派生証券価格の基本的な評価手法は確立したので,第2論文ではSABRモデルを扱った.今後は,さらに第2論文を発展させ,deep out of the moneyやdeep in the moneyなど,従来の近似手法では十分に近似することができなかったインプライドボラティリティのwingの補正に対して,本手法を適用し,高速かつ高精度な近似法を確立することを検討している.さらに,より複雑な派生証券への本手法の適用も見込んでいる. また,現在作成中の論文では,原資産価格が確率ボラティリティモデルに従うと仮定した下でのヨーロピアンオプションの近似解を高精度で算出できることが分かった.今後は本手法のフラクショナル確率ボラティリティモデルへの拡張や市場への効率的なキャリブレーション手法の確立などについても議論を進めていきたい.
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度はコロナの影響で,国内外の出張が取りやめになったことなどから,12,756円の次年度使用額が生じた. 次年度は,機械学習・数学・ファイナンスに関連した書籍の購入に60,000円,論文校正と査読料に50,000円,学会の会費に50,000円,学会出張(国内)100,000円,データ分析用コンピュータの購入に520,000円,PCモニターの購入80,000円を予定している.
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