本研究は、労働者保護政策や社会保険制度をはじめとした、19世紀後半のドイツにおける社会政策の形成過程で、世紀初頭に「公共の福祉」全般を包括する語彙から秩序維持に意味が限定されていったと考えられてきた「ポリツァイ」(警察)が理念的・制度的にいかに運用され政策実践に活かされていたのかを、歴史社会学的に明らかにするものである。 最終年度である2022年度は、1. 20世紀転換期ドイツにおける労働者保護政策および労災保険制度の政策分析、2. 保険制度への国家介入からみた「ポリツァイ学」の変容という二つの対象について研究し、成果を得た。1については、社会の機能的分化という近代社会の構造転換を踏まえた分析を行うことによって、労働環境の是正をめぐる警察の役割が、単なる新たな専門職(営業監督官)の登場によって背景に退いていったわけではなく、むしろ行政権力を合法的に自律させつつその作用範囲を拡大しくさいに、継続して補完的な役割を担っていたことを示した。2については、しばしば社会保険の成立史というのみで研究されてきた保険史研究を、民間保険や地域保健を含めた様々な保険制度に対するポリツァイ的国家介入の歴史を扱うことで発展させた。そのことにより、保険監督制度が社会全体に国家が介入していく〈ポリツァイ〉という理念的基盤の成立と変容と不可分であり、社会保険制度のような福祉国家成立にとってもその理念的基盤の変化が関わっていることが明らかとなった。
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