研究課題/領域番号 |
20K22152
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
清水 拓 早稲田大学, 文学学術院, 助手 (80875203)
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研究期間 (年度) |
2020-09-11 – 2022-03-31
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キーワード | 石炭産業 / 炭鉱労働 / 熟練 / 自然-装置-人間 / 炭鉱技術 / 機械化採炭 / 太平洋炭砿 |
研究実績の概要 |
本研究は、1990年代の太平洋炭砿(1920-2002年)の採炭現場を対象とし、日本石炭産業の最終局面における炭鉱労働のありようの解明を企図するものである。2020年度は以下の3点の課題に取り組んだ。 第一に、太平洋炭砿の技術史の整理である。すでに筆者のこれまでの研究でその大部分の整理を終えてはいたが、本年度に首都圏在住の元炭鉱技術者グループと合同で計4回にわたって炭鉱技術に関する研究会を実施したことで、採炭技術の歴史を「装置化」の過程として整理することの妥当性を確認できたほか、新たに技術開発に関する資料の提供を受けることもできた。 第二に、1990年代の太平洋炭砿の採炭現場のレイアウトと作業内容の記述である。新型コロナウイルス感染症の拡大によりフィールド調査の実施が困難になったため、これまでの研究のなかで収集してきた既存のインタビューデータやアーカイブ資料を最大限に活用しながら、新たにアーカイブ資料や古書資料を入手し、その記述を進めた。採炭現場のレイアウトと、作業内容のうち定常作業についてはほぼ記述を終えることができた。 第三に、石炭産業に固有の圧倒的な自然の存在に着目した本研究の分析枠組みの再検討・再構築である。これは、第一の課題の太平洋炭砿の技術史の整理と、第二の課題の分析対象である1990年代の採炭現場の作業現場のレイアウトと具体的な作業内容の記述が進展したことで可能となった。炭鉱関係者が折に触れて強調する「自然相手」「自然条件」といった地下労働に固有の特性や、作業に関する説明で語られる「腕の良さ」「山を見る」といった能力に関するキーワードを踏まえ、中岡哲郎の『工場の哲学』等での議論や、小池和男の知的熟練論を参照しながら、採炭現場の労働を「自然-装置-人間」の三項関係で説明し、そこでの労働者の熟練を定常作業と非定常作業とに分けて考察する、という分析枠組みを導出した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
申請時には北海道でのフィールド調査を中心とした研究計画であったが、新型コロナウイルス感染症蔓延の収束が見通せないため、大幅な変更を余儀なくされた。しかし、早期に、従来のフィールド調査を中心とした研究計画から、インターネットを通じた古書資料の入手や、既存のインタビューデータの再分析を中心とした研究計画に改め、北海道でのフィールド調査は図書館・博物館での資料収集のみに限定した。本研究のインタビュー対象者はみな高齢であり、対面でのインタビューはリスクが高く、通信環境の面でオンラインでのインタビューも困難だったため、当初計画していたインタビュー調査は全て中止した。しかし、新たに首都圏在住の元炭鉱技術者グループから打診があり、最初こそ対面だったが、その後、オンライン会議の環境が整い、Zoomでのインタビューに切り替えることができた。一連の研究計画変更が奏功し、太平洋炭砿の技術史の整理や、採炭現場のレイアウトと作業内容の記述については、一定の進展があった。くわえて、その労働に関する記述を踏まえて、本課題の申請時に設定した分析枠組みの再検討と再構築にも着手することができたことから、本課題は全体としておおむね順調に進展している。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度は次の3点に取り組む。第一に、太平洋炭砿の労働態様の変遷について整理する。太平洋炭砿では、「装置化」過程に対応する形で労働態様も変化しており、そのなかで労働者は自律的な多能工へと水路づけられていった。その過程を、インタビューデータとアーカイブ資料にもとづいて整理する。 第二に、1990年代の太平洋炭砿の採炭現場の記述である。本研究は厚みのある記述を強みとしており、現場のレイアウトと、作業内容のうち定常作業については、2020年度におおむね記述を終えている。2021年度は、定常作業の残りの一部と、現時点では未着手である非定常作業についての記述に取り掛かる。 第三に、「装置化」過程としての技術史と、その展開に対応した労働態様の変遷を踏まえ、日本石炭産業の技術的到達点といえる1990年代の採炭現場における労働を、定常作業と非定常作業の区分も手がかりに、「自然-装置-人間」の三項関係という枠組みを用いて考察する。 なお、第一と第二の課題に関連して、2021年度も2020年度に引き続き、これまでの研究で収集済みのインタビューデータとアーカイブ資料を最大限に活用し、新たにアーカイブ資料や古書資料を入手しながら、記述を進める。フィールド調査の実施可否については、新型コロナウイルス感染症の蔓延状況をみながら、慎重に判断する。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルス感染症の拡大による調査出張の制限と大学研究室の利用制限のため、旅費と人件費の費消が進まず、次年度使用額が生じた。フィールド調査を中心とした研究計画から、アーカイブ資料や古書資料の収集による調査に切り替えたことで、古書資料購入費や、資料撮影のための備品の購入費など、物品費の使用が増加した。2021年度は、大学研究室の利用制限は緩和されたため、資料・データ整理作業での人件費の使用を見込んでいる。また、旅費についても、博物館・図書館等でのアーカイブ資料の収集に限定して調査出張をおこなうことで、使用する予定である。
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