令和5年度は本研究の主要テーマである「グローバル・シティズンシップ教育」の多元主義的理念の解明について、前年度までの成果をさらに発展させて計画を進めていった。本年度及び本研究期間全体成果としては、次の3点が挙げられる。 第一に、今日の「グローバル・シティズンシップ教育」が目指す「グローバル・シティズンシップ」理念の探究は、現代倫理学における徳倫理学が目指す「徳の解明」という課題とかなりの程度重なる。それゆえ、今日の徳倫理学の成果を教育哲学および教育を含む様々な比較文化論や人類学的知見と接続することは、今後の「グローバル・シティズンシップ教育」の推進について寄与しうる。 第二に、「グローバル・シティズンシップ教育」のモデルとして、カント教育学に込められた世界市民性の陶冶とディルタイの解釈学及び倫理学を比較考察した結果、次の2つの解釈を示すことに成功した。1つはカント及びディルタイの上述の思想は、地域的/水平的な意味だけではなく時代的/垂直的な意味での多元主義的性格を有しており、こうした性格は今日の「グローバル・シティズンシップ教育」研究にとっても重要なものであるということができる。もう1つは、とはいえ、両者は「道徳的心術」の理解について大きく相違しており、この相違は今日の「グローバル・シティズンシップ教育」研究における、普遍主義的立場と歴史主義的立場の相違のプロトタイプと解釈することも可能である。 第三に、こうした成果を踏まえ、今日の「グローバルシティズンシップ教育」の特徴について研究代表者なりの3つの条件を提示した。その3つの条件とは、「世界市民主義あるいは多元主義」「脱自己(自文明)中心主義」「可謬主義」である。本研究の成果は、比較文明学会創立40周年記念出版『人類と文明のゆくえ』所収「諸文明を横断する道徳は可能か?―「道徳的世界遺産」というアイデアの可能性―」として公開した。
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