文字の読みに関する認知神経学的モデルは、視覚的な正書法処理や文字-音韻変換処理が後方の脳領域(紡錘状回、縁上回等)で行われた後に、前頭領域で音声・発話生成が行われると仮定している。一方で、近年の脳磁図を用いたいくつかの研究から、発話生成に関連する左下前頭皮質(ブローカ野)が正書法処理に関わる紡錘状回と同程度に早く(すなわち、単語の提示からおよそ100-150ミリ秒)で文字刺激に対して応答することが示されており、この伝統的なモデルが疑問視されてきた。しかし、左下前頭皮質におけるこの高速反応の機能的意義はこれまで解明されていない。 本研究では経頭蓋磁気刺激(TMS)を用いて、この左下前頭皮質の高速活動が視覚単語処理に対してどのように寄与しているかを検討した。前年度に引き続き実験参加者を募集し、年度を通して十分な数の参加者からデータを得ることができた。参加者には、視覚的に提示された単語に関する3つの行動課題(音読、意味判断、知覚的判断)を行うよう求め、その間に単語提示後の4つ時点(50-200ms)で左下前頭皮質、紡錘状回または縁上回に単一パルスTMSを適用した。その結果、左下前頭皮質へのTMSによる妨害効果は、意味判断や知覚的判断ではなく音読課題でのみ生じ、さらに刺激提示後100ms時点から生じることが見出された。さらに、紡錘状回への100ms時点のTMS、縁上回への150ms時点のTMSによって音読課題と意味判断課題が妨害されることが示された。これらの結果は、左下前頭皮質の高速活動は音読に特異的かつ因果的に寄与すること、そしてこのか前頭皮質は必ずしも他の読み関連領域の機能的下流ではないことを示唆するものである。この成果は現在学術誌に投稿中であり、さらに統制条件を加えた追加実験を行っている。
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