研究課題/領域番号 |
20K22394
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研究機関 | 岡山大学 |
研究代表者 |
磯部 和真 岡山大学, 自然科学研究科, 助教 (10880180)
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研究期間 (年度) |
2020-09-11 – 2022-03-31
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キーワード | 熱放射 / 熱スイッチ / 酸化バナジウム / メタマテリアル / 熱論理回路 |
研究実績の概要 |
夏季の日中には太陽光を反射しつつも夜間には反射率を低減し熱放射を促進する一方で,冬季には全く逆の特性を持たせるには放射率を論理的にスイッチングする機能性材料が必要である.ある温度で金属-絶縁体相転移を行うサーモクロミック材料である二酸化バナジウム(VO2)と,電気化学反応(電位差)によって色を変化させるエレクトロクロミック特性を有する五酸化バナジウム(V2O5)とを組み合わせたナノスケールの複合材料(メタマテリアル)により,電位差の大小と温度の高低の組み合わせ4通りについて高放射(高吸収,低反射)と低放射(低吸収,高反射)とが条件により自律的に切り替わる,熱論理回路を実現することが本研究課題の目的である.研究初年度には,複雑な熱論理回路の考案に先駆けて,VO2の相転移の影響で単純に温度の大小によってのみ放射率の大小が入れ替わる熱スイッチに関する数値解析を行った.ここで太陽光と熱放射の波長及び大気の透過率を考慮した結果,単純な熱スイッチであっても目的とする放射特性をある程度達成できることが示唆された.この知見を踏まえ,夏季には太陽光を反射しつつも熱放射による冷却を促進しながら温度上昇を抑制し,冬季には太陽光を強く吸収しつつも熱放射をほとんど行わないことで温度低下を抑制する機能性メタマテリアルを提案し,この放射率の決定に関与している物理現象の解明を試みた.この成果については学会発表を既に2件行っており,1件の国際学術論文が査読中となっている.今後,この熱スイッチの実証実験へ向けた取り組みを進める傍ら,学術的な視点から開始当初の研究対象としていた放射率の制御機構である熱論理回路に関する数値解析を進行していく予定である.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまで,複雑な熱論理回路への足掛かりとして,VO2の相転移を利用して温度の大小によってのみ放射率の大小が入れ替わる熱スイッチについて数値解析を進めてきた.ここで太陽光と熱放射の波長及び大気の透過率に着目することで,高温環境下では太陽光の反射と熱放射を同時に促進することで温度上昇を抑制し,低温環境下では太陽光の反射と熱放射を同時に抑制することで温度低下を抑制する,といった単純な熱スイッチとしての機能のみを有したメタマテリアルを提案することが出来た.このメタマテリアルの高温,低温それぞれの環境下における放射特性に関与している物理現象についても詳細を明らかにすることが出来たため,2件の学会発表や1件の国際学術論文投稿(査読中: 5/10現在)を既に行っている.メタマテリアルの特性に関する理論面での取り組みでは想定以上の進捗が出ている一方で,並行して進めているVO2の反射率測定及び複素誘電率の解析にはわずかに遅れが生じている.研究開始後,VO2の合成手法や合成後の結晶の質がVO2の相転移前後の放射特性や相転移温度に大きく影響を及ぼすという知見を得た.定量的かつ再現性の高い分析結果を取得するために,Sol-gel法を用いたVO2結晶の合成に追加で取り組み始めたことが遅れの原因となっている.一方で,反射率の測定装置自体に関しては近日中には調整を終えて基準試料を用いた測定試験を開始する見込みであり,VO2試料が出来次第分析を進めるための用意は整いつつある.
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今後の研究の推進方策 |
今後,研究の軸とするのは次の2点である. 第一に,熱論理回路に関する数値解析である.VO2の相転移現象を活かして夏季と冬季で太陽光の反射特性と地表からの熱放射の特性を反転させる熱スイッチに関しては順調に実現の目途が立った.本年度からは,V2O5のエレクトロクロミック特性を考慮に入れた数値解析を行い,熱スイッチを高度化させた熱論理回路の実現可能性について議論を進めていく. 第二に,物性の分析を見据えた酸化バナジウムVOxの合成手法の確立である.本経費の交付申請後にVO2の合成に関する専門家と議論を行い,合成に関わる手法や環境,条件等がVOx自体の放射特性や金属―絶縁体相転移温度の決定に大きく影響するという知見を得た.このため,物性分析に当たっては単に温度や電位差との相関性を見るのみならず,VOx結晶自体の質との関連性を併せて議論しなければ汎用的で意義のある結果は得られないと考えている.当初の実施計画から多少遅れることとはなるが,当初の予定には含めていなかったVOxの合成手法の確立へリソースを割くことが,今後の研究の正確性や意義を高めるためにも不可避のプロセスであるといえる.しかし,高い再現性で質の良いVOx結晶を合成することは難易度が低くないと予想されるため,円滑な進行のために専門に研究を行っているグループとの情報交換を行い,場合によっては合成にかかる協力を依頼することも視野に入れている.
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次年度使用額が生じた理由 |
主要物品である赤外分光光度計を購入した余剰の予算は当初,反射率測定に必要な光学部品を購入するために使用する予定であった.しかし,研究途中でVOxの合成に関する追加の取り組みが必要となったため,計画を一部変更し予算の繰越を行った.次年度使用額はVOx薄膜を成膜するために欠かせないスピンコーターやグローブボックスといった中程度の物品を複数調達しやすくするために用いる予定である.
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