本研究は肩関節の理学療法の臨床で多い肩関節腱板部分断裂症例における保存療法を行う上で、有効な運動療法とリスク検討を行うため、安全負荷の境界を解明することを目的とした。そのため生体に近い状態であり、希少な未固定凍結遺体を研究協力機関である札幌医科大学のご献体を対象に腱板部分断裂モデルを作成し、非断裂状態との伸び率を比較計測した。未固定凍結遺体を対象とした研究計測では、遵守事項を熟知した研究者のみで実施した。 棘上筋腱をプッシュプルゲージで0~120 Nまで連続的定量的に牽引し、非断裂状態と部分断裂状態の腱板に刺入したストレインゲージ(パルスコーダー)によって腱板の残存腱の伸び率を計測した。 データ収集予定数は腱板表層断裂モデル10肩、腱板深層断裂モデル10肩であるが、標本作成の過程において、ご献体は高齢であり、腱板の広範囲断裂1例や腱板部分断裂1例、上腕骨頭の変形1例など、除外基準となる標本があった。さらにコロナ禍による研究渡航回数の制限もあり、現在まで腱板表層断裂モデル10肩、腱板深層断裂モデル9肩のデータ収集を完了した。 腱板表層断裂モデルでは、表層断裂状態の腱板深層線維の伸び率は非断裂状態よりも有意に大きくなり、肩関節挙上角度の増加とともにさらに伸び率が大きくなった。腱板深層断裂モデルでは、深層断裂状態の腱板表層線維の伸び率は非断裂状態よりも有意に大きくなり、肩関節挙上角度の減少とともにさらに伸び率が大きくなった。 現在までの結果により、腱板表層断裂例の筋力訓練では背臥位で重力の影響を除きつつ、10°以下の肢位で行うことが安全と考えられた。さらに、棘上筋の機能を代償する他の筋力強化を合わせて行うことも必要であることが示唆された。
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