研究課題/領域番号 |
20K22535
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
三木江 翼 広島大学, 先進理工系科学研究科(工), 助教 (40881280)
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研究期間 (年度) |
2020-09-11 – 2022-03-31
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キーワード | π共役系ポリマー / 主鎖内伝導 / キノイド骨格 / 結合交替 / 有機電界効果トランジスタ / 有機エレクトロニクス |
研究実績の概要 |
有機エレクトロニクスにおいて、π共役系ポリマーの電荷輸送性向上は最も重要な課題の一つである。π共役系ポリマーの電荷輸送パスには、ポリマー主鎖内の共有結合および主鎖間の相互作用を介した「主鎖内伝導」および「主鎖間伝導」がある。このうち、ホッピングによる電荷輸送である後者が律速過程であり、従来は主鎖間伝導の向上に焦点を当てた研究が主流であり、主鎖内伝導のに関する議論はこれまでほとんどなされていない。 そこで本研究では、ポリマーの「主鎖内伝導」向上にむけた新しい分子設計指針の確立を目指す。具体的には、主鎖内伝導向上の手段として、ポリマー主鎖の共役長拡張に着目した。つまり、主鎖共役拡張により電荷が広く非局在化されれば、さらに高速な輸送ができると考えた。共役長拡張には、ポリマー主鎖へのキノイド骨格の導入が有効である。これは、ポリマー主鎖の結合交替(単結合と二重結合の結合長の差)の狭小化に起因し、主鎖の共鳴構造が安定化するほど共役長が拡張するためである。 以前に開発したビチオフェンジオン(BTD)の異性体である、S-ペックマン骨格(SP)を有する半導体ポリマーを開発した。SP系ポリマーはBTD系ポリマーに比べてπ共役が発達(吸収が長波長化)しており、主鎖の結合交替が小さいことが要因であることが分かった。さらに、いずれのポリマーも同程度のπスタッキング距離と結晶子サイズを持つ結晶性薄膜を与えるにもかかわらず、SP系ポリマーの移動度はBTD系ポリマーに比べて2桁程度大きいことが分かった。分光学的測定と量子計算を組み合わることで、ポリマー主鎖のπ共役系拡張が主鎖内伝導向上に有効な分子設計であることを示した(論文投稿中)。 さらに、SP系ポリマーにて共重合ユニットであるオリゴチオフェンの数を4つから2つに少なくすることで、π共役長が拡張することを見出している。現在、電荷移動度の評価を行なっている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
チオフェンを基調とするキノイド骨格(チエノキノイド)の一種であるビチオフェンジオンには、BTDとSPの2種類の異性体が存在する。それらとクワテルチオフェン(4T)を共重合したPSP4TとPBTD4Tは「同じ1,3,5-ヘキサトリエン部位」を持つが、PSP4Tの吸収領域はPBTD4Tに比べて長波長化しており、π電子の非局在化の程度が大きく異なることに気がついた。 モデル化合物のDFT計算と単結晶構造解析により、非局在化の程度がキノイド部位の交差共役の違いに起因することを明らかにした。さらに、両ポリマーのトランジスタ移動度を評価したところ、驚くべきことに、PSP4Tは、PBTD4Tよりもほぼ2桁高いホールおよび電子移動度を与えた。 そこで、両ポリマーの結晶性を調査するため、2次元微小角X線回折測定を行なった。興味深いことに、両ポリマーは分子量に関係なく同程度の主鎖間距離と結晶子サイズを与えた。つまり、この移動度の違いは主鎖間伝導ではなく、主鎖内伝導に起因することが示唆された。続いて、光熱偏向分光(PDS)法を用いて、ポリマー主鎖の剛直性(欠陥の程度)を評価した。ポリマーの剛直性を示す数値であるアーバックエネルギー(EU)を算出したところ、PBTD4Tに比べてPSP4Tの方が小さく、PSP4Tの主鎖が剛直であることを見出した。この結果は、PSP4Tの方がキノイド性(チオフェンとチオフェンを結ぶ単結合の二重結合性)が高いことを示唆しており、PSP4Tのπ共役系が拡張した結果と一致する。さらに、第一原理計算を用いた理論シミュレーションに基づいて、ポリマー主鎖内の電荷輸送性を評価した。その結果、PSP4TはPBTD4Tに比べて30~60倍高い、主鎖内移動度を有することが明らかとなった。これらの結果から、PSP4Tの移動度向上は、主鎖内伝導に起因すると結論づけた。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの結果から、主鎖内の電荷移動度向上には、ポリマー主鎖へのキノイド骨格導入によるπ共役長拡張が有効であると考えられる。中でも、SPとベンゾジチオフェンジオン(BDTD)を基調とするポリマーは、高度に拡張したπ共役長を持ち、高い電荷輸送性を与えることを見出している。そこで、今後の研究の推進方策として、(a)SPと(b)BDTDを基調としたポリマーを開発することで、主鎖内伝導向上によるさらなる電荷移動度向上を目指す。 (a)では、これまで共重合ユニットにクワテルチオフェン(4T)を用いていたが、ターチオフェン(3T)やビチオフェン(2T)に変更することで主鎖のπ共役長を拡張し、移動度の向上を試みる。DFT計算により、SPと2TからなるポリマーPSP2Tは、PSP4Tよりも結合交替が小さく、吸収が長波長化することが示唆されている。さらに、PSP2Tで高移動度が得られれば、側鎖をアルキル基からアルコキシ基に変更し、チオフェンの硫黄(S)-アルコキシ酸素(O)相互作用による共平面性の向上とドナーアクセプター相互作用の強化により、さらなるπ共役系拡張と電荷輸送性向上を目指す。 (b)では、BDTDのベンゼン上の水素と隣接するチオフェンが立体障害により約20度程度ねじれるため、共平面性に向上の余地がある。そこで、ベンゼンをピラジンに置き換えた骨格や、BDTDにチオフェンを縮環した骨格を合成する。DFT計算によると、それらの骨格のモデル化合物は、隣接するチオフェンと共平面の関係にあり、BDTDよりも小さいバンドギャップ(拡張した共役長)を与える。これにより、高い主鎖内伝導を有する高性能電荷輸送ポリマーへ展開する。
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次年度使用額が生じた理由 |
当該年度は新型コロナウイルス蔓延の影響で全ての学会がオンラインとなったため、予定していた旅費を必要としなかった。一方で、研究に用いる合成試薬などの消耗品費は予定額を超えた。翌年度は、当該年度の繰り越した金額と併せて、旅費や合成試薬、消耗品に充てる予定である。
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