研究課題/領域番号 |
20K22541
|
研究機関 | 国立研究開発法人物質・材料研究機構 |
研究代表者 |
姉帯 勇人 国立研究開発法人物質・材料研究機構, 若手国際研究センター, ICYS研究員 (80880286)
|
研究期間 (年度) |
2020-09-11 – 2022-03-31
|
キーワード | サリエント効果 / バネ状分子 / 分子結晶 / 機械的柔軟性 / 分子間相互作用 / 分子内相互作用 |
研究実績の概要 |
初年度は、サリエント効果を生みやすい歪構造を持つ分子の合成と、有機結晶の柔軟性を向上させるために最適な置換基の検討を行った。歪を生じ易い分子として、バネ状分子(o-phenylene)に着目した。バネ状分子の合成は、n-BuLiを用いた反応が報告されている。しかし、本研究では、様々な置換基をバネ状分子に導入する観点から、鈴木―宮浦反応に着目し、鈴木―宮浦反応でもバネ状分子の合成が可能か検討した。一方、有機結晶の柔軟性に関する研究では、モデル分子としてハロゲンとメチル基を導入したベンゼン誘導体を選択し、これらの単結晶の機械的柔軟性を評価することで、バネ状分子に導入すべき置換基を検討した。 メトキシ基を導入したバネ状分子(1)は、ビフェニル誘導体とジメトキシベンゼン誘導体を出発原料に鈴木―宮浦反応によって合成した。NMR測定では、ベンゼン環上にあるプロトンの高磁場シフトが確認され、バネ構造が構築されていることが示唆された。そこで、分子1の立体構造の同定ため、分子1の単結晶X線構造解析を行った。単結晶中の分子1は、ベンゼン環3つで1ピッチのバネ構造を形成しており、NMR測定の結果を支持した。一方、ベンジル基とメトキシメチル基によってカテコールを保護したバネ状分子(2)も鈴木―宮浦反応によって合成でき、分子2もバネ状構造を形成していることが、NMR測定により示唆された。 一方、ハロゲンとメチル基を導入したベンゼン誘導体の単結晶は、外力によってしなやかに曲がったが、その曲がり方は2種類存在した。この違いは、置換基の数や種類の違いが、結晶中に形成される分子間力の占有率を変化させるために起きる事が、Hirshfeld 表面解析より明らかになった。また、ハロゲンの増加は、ハロゲン―ハロゲン相互作用を強くするため、室温で有機結晶を曲げるにはメチル基の導入が有利であることが分かった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
初年度はo-phenylene誘導体の収率向上のため、様々な条件検討を行っていた。そのため、申請書に記載した目的物の合成をまだ終えていない。しかし、濃度や温度、触媒の改善によって目的物の前駆体である分子1と分子2を、gオーダーで合成する事が可能となった。今後は外部電場によって駆動する様々な置換基をバネ状分子に導入することで、当初の目的である電圧によって駆動する有機結晶を作製し、最適な分子構造を選定することが可能になると考えられる。一方、有機結晶の柔軟性に関する研究から、ハロゲンやメチル基の導入によって、今後作製するエレクトロサリエント結晶が柔軟になる可能性があることが明らかとなった。これまで報告されている、サーモサリエント結晶やフォトサリエント結晶の殆どは運動後に結晶が壊れてしまう。そのため、材料としてのサステイナビリティに欠け、実用化されてこなかった。置換基が与える有機結晶の柔軟性への影響に関する研究は、エレクトロサリエント結晶の分子設計に影響を与える結果であり、進展があったと言える。よって、総合的に判断をして、2: おおむね順調に進展していると考えた。また、柔軟性に関する研究は、国際学会でも既に発表しており、2021年度からはさらなる研究成果の発信が可能である。
|
今後の研究の推進方策 |
2020年度はバネ状分子の合成方法の確立と、機械的に柔軟な有機結晶を作製するために有利な置換基を明らかにすることを主眼に研究を遂行してきた。これらの研究によって、大量のバネ状分子を合成することが可能となり、ハロゲンやメチル基の導入が有機結晶の柔軟性に大きな影響を与える事が分かった。そこで2021年度では、大量に合成した分子1や分子2を出発原料として、電圧によって分子内―分子間相互作用の行き来が制御可能なバネ状分子を新規に合成する。また、有機結晶に柔軟性付与する観点から、ハロゲンやメチル基を導入した分子の合成も試みる。その後、これらの分子の単結晶を作製し、単結晶X線構造を行い、バネ構造が維持されていることを確認したのちに、熱物性の評価を行い、構造相転移が存在するか確認する。電圧によってバネ状分子の伸び縮みが達成される場合、熱でも同様の運動を示すと考えられるため、構造相転移が起こる温度付近で顕微鏡による単結晶の観察を行う。さらに、単結晶に電圧を印加することでエレクトロサリエント効果が見れるか評価する。また、本研究内容に関する論文の執筆や国内外の学会での発表も精力的に行う。
|
次年度使用額が生じた理由 |
2020年度は新型コロナウイルスの影響により、参加予定だった国際学会や国内学会に参加できなかったこと、共同研究や意見交換のための出張が困難であったこと、また緊急事態宣言等による外出の自粛により研究活動が制限されていたことが原因で、次年度に使用額が生じてしまった。次年度では、現時点でも幾つかの国際学会や国内学会が開催される予定であるため、学会に精力的に参加する予定であり、学会参加費等を計上する。さらに、作製した分子結晶がサリエント効果を示した場合、その動きを正確にとらえるためハイスピードカメラが必要となると考えられ、その購入費用を計上する。また、今年度も引き続き合成を行うため試薬やガラス器具などの消耗品を計上し、論文投稿のための予算も計上する。
|