本研究では、日本市民にとっての「善き食生活」を明らかにするため以下の研究課題に取り組んだ。第一に、そもそも現在「善き食生活」がどう論じられているかを把握するため、i) 1970年以降から現在までの食生活の理想形に関する議論(日本型食生活、和食など)、ii) 全国レベルで利用可能な食生活評価指標、iii) 国内外の「健康的な食 healthy eating」概念に関する文献を渉猟・整理した。重要な知見として、従来の議論が「何を食べるか(特に食品・栄養素)」に焦点化しており、食生活の社会文化的側面(いつ、どこで、誰と、どう食べるかなど)が十分に着目されていないことが明らかにされた。第二に、新型コロナの影響で当初計画していた市民へのインタビュー調査が実行不可となったため、WEBアンケート調査(20歳以上男女973名)に切替え実行した。いまだ分析の途上ではあるが、現在のところ以下の知見が明らかにされている。i) 「善き食生活」は7つの意味内容(目的としての「健康」「楽しみ」および達成戦略としての「規則性」「要素摂取」「節制」「バランス」「品質」)からなること。ii) 「孤食」「欠食」など従来問題視されていた食行動がむしろ「善き食生活」として一定数の回答者に認識されていること。ただしこれには経済学でいう「適応(自らの困窮状況を過小評価してしまう心理的傾向)」の可能性があること。今後の展開としては、本調査で同時に集計した「実際の食生活」の状態や回答者の社会的属性データとも関連させて分析することで、日本市民における食生活の理想と実態をさらに探求したい。なお、同研究の着想に至る「食育研究」の成果を単著1冊(『食育の理論と教授法ー善き食べ手の探求』)にまとめ、「善き食生活」の理論的基礎を構築する成果を収録した論文(2021)を国際学会誌Food Ethicsに公表した。
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