ヒト受精卵から、内部細胞塊(ICM)と栄養外胚葉(TE)に細胞系譜は分離し、胚盤胞が形成される。マウスの場合、ICMとTEの細胞運命決定におけるHippo-YAPシグナルの関与が知られている。しかしヒトの場合、Hippo-YAPシグナルの関与を含め、ICMとTEの運命決定機構の詳細は明らかでない部分が多い。本研究では、ヒト胚性幹(ES)細胞や栄養膜幹(TS)細胞、さらには、ヒトES細胞よりTS細胞に分化転換したモデル細胞(ES-TS細胞)を活用し、ヒト初期胚の運命決定機構、特に胚体外系譜の細胞におけるHippo-YAPシグナルの役割について知見を得ることを目的とした。 E3.5マウスの胚盤胞においては、先行研究と合致し、YAPはICMにて細胞質、TEにて核に局在することを確認した。次に、着床前胚のICMに相当するヒトナイーブ型ES細胞および着床後の栄養膜細胞に相当するヒトTS細胞について、細胞内のYAPの局在について解析を行った。YAPは、ナイーブ型ES細胞では核および細胞質に、TS細胞では主に核に局在した。次に、ES-TS細胞分化転換過程におけるYAPの局在を解析し、経時的な多能性マーカーOCT4の発現減弱、YAPの核移行を確認した。また、GATA3強陽性細胞において、YAPの核移行が顕著であった。YAPは、核内にて転写因子TEADと複合体を形成することで標的遺伝子の転写活性化にはたらくことが知られる。ヒトTS細胞において、YAP-TEAD相互作用を阻害する低分子化合物であるverteporfin(VP)の処理による表現型を解析したところ、VPの濃度依存的にヒトTS細胞の細胞増殖が抑制された。以上により、ヒトES細胞からの胚体外系譜への分化転換やTS細胞の自己増殖におけるYAPの関与が示唆された。本研究成果が、ヒトの初期発生機構における分子機序理解の一助となることを期待する。
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