研究課題/領域番号 |
20K22637
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研究機関 | 国立遺伝学研究所 |
研究代表者 |
三宅 裕可里 国立遺伝学研究所, 遺伝形質研究系, 特任研究員 (80874560)
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研究期間 (年度) |
2020-09-11 – 2022-03-31
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キーワード | ジャポニカス分裂酵母 / タイマー型生物時計 / 光応答 / 温度応答 / クロストーク |
研究実績の概要 |
1. 光・温度応答に寄与するジャポニカス分裂酵母固有遺伝子の探索 ジャポニカス分裂酵母に固有の401遺伝子に対し、各遺伝子破壊株を用いて新規の光・温度応答因子の探索を行った。しかし光・温度応答に必須な新規遺伝子は見つからなかった。よってジャポニカス分裂酵母は既知の固有因子に加えて他の分裂酵母や真菌類にも共通するシステムを利用して光や温度に応答していることが示唆された。 2. 光・温度応答のクロストーク ジャポニカス分裂酵母の光応答、温度応答システムの情報伝達経路を明らかにすることを目指し、光応答の主要因子(wcs1、wcs2、drk1)と温度応答の主要因子(trj1)が、もう一方の応答に及ぼす影響を検討した。各主要因子の欠損株に発現プラスミドを導入して各因子の細胞内量を増やし、光や温度に対する応答を寒天培地上での縞形成の有無で判定した。その結果、drk1欠損株ではWcs1、Wcs2、あるいはTrj1の細胞内量増加により光応答が回復し、またtrj1欠損株ではWcs1、Wcs2、あるいはDrk1の細胞内量増加により温度応答が回復した。このことから光・温度応答の情報伝達経路にはDrk1およびTrj1を介したクロストークが存在することが明らかとなった。 3. 光応答時の全遺伝子発現変動解析 光刺激による全遺伝子の発現変動をRNA-seq法により解析するため、野生株、光応答の制御因子をコードするwcs1、wcs2、drk1遺伝子の単一欠損株、そして温度応答の主要因子であるtrj1遺伝子欠損株の計5株を用いて(i)暗条件から明条件への変化、(ii)明条件から暗条件への変化、(iii)恒常的な暗条件、(iv)恒常的な明条件、の4条件で継時的に菌糸細胞サンプルを得た。現在はまず野生株についてmRNA発現パターンの継時変化を解析することにより、光刺激によって転写量が変動する遺伝子の特定を試みている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ジャポニカス分裂酵母に固有の遺伝子群に対し、各遺伝子の破壊株を用いて新規の光・温度応答因子の探索を行った。光・温度応答に必須な新規遺伝子は見つからなかったが、ジャポニカス分裂酵母の光・温度応答は既知の固有因子に加えて他の分裂酵母や真菌類にも共通するシステムを利用していることが示唆された。光刺激による全遺伝子の発現変動のRNA-seq法による解析に向け、異なる光条件下で継時的に菌糸細胞サンプルを得た。光刺激特異的にmRNA発現パターンが変化する遺伝子の特定には至っていない。一方で、光・温度応答主要因子の遺伝子コピー数増加(細胞内タンパク質量増加)による光・温度応答能への影響を調べた結果から、新たに光・温度応答の情報伝達経路におけるクロストークの存在を発見した。
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今後の研究の推進方策 |
I. RNA-seq法による全遺伝子発現変動解析: (1) 野生株、および温度感受性菌糸形成株を用いて酵母―菌糸、菌糸―酵母の形態変化の際の転写変動を継時的・網羅的に解析する。これにより、光によって発動するタイマー型生物時計を介さない、酵母―菌糸間の形態移行で発現が変動する遺伝子群を同定する。 (2)野生株の光・温度応答時の発現変動パターンをそれぞれ(1)で得られる変動パターンと比較し、光・温度応答固有の変動パターンを示す遺伝子を探索する。また、光・温度応答における発現変動パターンを各応答の主要因子欠損株の変動パターンと比較することで、主要因子によって影響を受ける応答経路を同定する。 II. 光・温度応答の主要因子の機能メカニズムの解析:光・温度応答経路にはDrk1およびTrj1を介したクロストークが存在することが示唆された。各因子の蛍光タンパク質融合体発現ベクター、および酵母2ハイブリッド法などを用いて、このクロストークにおける光・温度応答主要因子間の情報伝達が直接的か、あるいは間接的かを明らかとする。 III. マイクロチャンバーを用いた菌糸細胞の光応答の継時観察:DNA損傷ストレスや栄養条件悪化による酵母型から菌糸型への移行において、一細胞レベルでは「菌糸型への移行」、「環境条件の好転による菌糸型から酵母型への移行」のいずれも環境変化が生じてから6~7時間で起きることが報告されている。光・温度刺激による細胞分裂の同調的活性化のタイミングを一細胞レベルで理解するため、顕微鏡下での観察を行う。これによりIで明らかとする全遺伝子の発現変動とIIで明らかとする主要因子の機能性を細胞の形態変化と関連付ける。
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次年度使用額が生じた理由 |
2020年度に次世代シーケンサーを用いた全遺伝子発現変動解析を完了予定だったが、これに先立ち、新規の光・温度応答遺伝子の探索、および既知の光あるいは温度応答主要因子によるもう一方の応答への影響の解析を行った。その結果、主要因子の欠損株内で別の主要因子の細胞内量を増加させると、光や温度に対する応答能が回復する現象が見られた。よって当初の計画を変更し、既知の光・温度応答主要因子の全ての組み合わせについて同様の現象の有無を確認した結果、光・温度応答の情報伝達経路にはDrk1およびTrj1を介したクロストークが存在することが明らかとなった。これにより、未使用額が生じた。このため、次世代シーケンサーを用いた全遺伝子発現変動解析を次年度(2021年度)に行うこととし、未使用額はその経費に充てることを予定している。
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