研究課題/領域番号 |
20K22657
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研究機関 | 山口大学 |
研究代表者 |
田尾 嘉誉 山口大学, 大学院医学系研究科, 助教 (30425417)
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研究期間 (年度) |
2020-09-11 – 2023-03-31
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キーワード | YAPメカノホメオスターシス / がんの発症・進展 / マルティプレックス・イメージング(CODEX)法 |
研究実績の概要 |
研究代表者はこれまでの研究活動において、マウス胎生期の生体内での三次元ライブイメージング技術および新規性の高い力学的測定法を用いて、一細胞レベルでの細胞同士の微細な振る舞いや力学特性の変動(ミクロ)が適切な三次元的臓器・器官の大きさ・かたちを作り出す(マクロ) ために必須であることを示してきた。これまでの研究代表者の発生生物学的研究を基盤として、本研究では、一細胞レベル(スモールスケール)でのYAP(Yes-associated protein)メカノホメオスターシス(力学的恒常性維持)の破綻として がんの発症・進展を理解し、その分子メカニズムの解明を目指す。また、がんの発症・進展はがん遺伝子の変異あるいは無秩序な細胞増殖・移動、および自己免疫制御因子群と拮抗的相互作用により異なる細胞集団の不均一性を示しながら進行している。そのことからがん微小環境下におけるがん細胞の細胞外環境の硬さへの細胞応答制御とYAPの活性化が、腫瘍形成(ラージスケール)のどの時期のどの細胞群で起こるかを生体内で時空間的に明らかにする。 そのために 下記の三つの主要解析系の立ち上げを実行中である。1)YAP活性化の時空間的解析、2)生体の力学特性、力学応答とYAP活性化との関連性の定量的解析、3)YAP活性化細胞の種類と機能解析。 とりわけ、当該年度においては、1)および3)の解析に該当する最大37タンパク質の時空間的発現様式を同一標本サンプルで同定・解析可能なマルティプレックス・イメージング(CODEX)法の条件検討およびヒト・マウス標本採取に集中した。その意義は、YAPの活性化と細胞外マトリックス構成因子および免疫細胞群とのタンパク発現の相関関係を“微細環境下の細胞集団”として分類化し、がん細胞の性質を明らかにすることである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本解析で用いるヒト標本採取については、山口大学大学院医学系研究科・消化器・腫瘍外科学講座から提供を受け、現在までに30検体の大腸癌標本(がん部、非がん部を含む)がすでに得られている。また、現在、Akoya Sciences社のCODEX法について予備検討を進行中である。まず検体試料としては、マウス慢性炎症系モデルマウスを用いて各DNAバーコード標識抗体の最適化条件検討を行った。デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)投与によりマウス大腸に慢性炎症を引き起こし、発癌させるモデル系がすでに確立しているからである。結果、大腸の炎症領域において YAP陽性細胞の増加が観察され、それらがYAP活性化細胞であると示唆された。次に、このマウス炎症・発癌系を用いて CODEX法で使用する免疫細胞マーカーである各種抗体の条件検討を行った。結果、14種類の抗体の検出に成功し、マウス大腸炎症領域を含む切片上で各抗体の数値化・定量化にも成功した。また、CODEX法による位置情報を保持した状況で多次元データ解析を遂行できる基盤を構築中である。 今後、さらにDNAバーコード標識抗体の数を増やし、高精度の定量化処理を考慮に入れて研究を遂行中である。また、蓄積したヒト大腸癌標本・マウス大腸標本を網羅的に解析することで、がん発症、進展過程における微小環境下で一見無秩序に混在するがん細胞群と自己免疫細胞群との空間的分布を数細胞レベルでの隣接相関関係に法則性を見出す。 本CODEX機材は令和3年度2月に山口大学医学部に搬入済であり、本格的なマウス・ヒト大腸癌標本を用いた解析に着手している。合わせて、多点同時力学測定技術magnetic tweezers法の導入・セットアップおよび生体内でYAPの活性化動態の可視化が可能なYAPレポーターマウスの作成も本研究室で進行中であることを明記しておく。
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今後の研究の推進方策 |
継続して下記の独自性の高い3つの技術により解析を進める。 (I)がん発症、進展過程でのYAP活性化の時空間的解析: 慢性炎症・がん発症、進展過程で、どの時期にどの細胞でYAPの活性化が起こるかを明らかにする。1) YAPレポーターマウスYap-miRFP670と核レポーターH2B-GFPマウスを交配し、Yap-miRFP670;H2B-GFPマウス系統を作成。2) この二重蛍光レポーターマウスへAOM・DSS薬剤を投与し、大腸領域での慢性炎症・発がんを起こさせる。3)大腸領域のスライスを作成し、共焦点顕微鏡を用いてライブイメージング追跡実験を行う。YAPの核移行によりYAP活性化細胞を検出・評価する。 (II)生体の力学特性、力学応答とYAP活性化との関連性の定量的解析: 1)慢性炎症・発がん系の大腸領域のスライスに複数のMagnetic beadsを外科的に注入し、磁場をかけてMagnetic beadsの動きを測定することにより、周辺細胞での力学応答を定量化する。この三次元Magnetic tweezers法により多点同時力学測定を行う。 (III)YAP活性化細胞の種類と機能解析: 慢性炎症・がん発症、進展過程での複数の領域および異なる経過過程の大腸標本を用いたシングルセルRNAシーケンシング解析を行う。1)YAPが活性化した細胞をYAP標的遺伝子の発現を指標に同定する。2)それらの細胞での遺伝子発現解析により、その細胞の種類と機能を推測する。3)その細胞特異的に発現する抗体を用いたCODEX法により、それらの細胞群との発がん発症・進展過程における空間的位置情報を保持した分布を定量的に明らかにする。
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次年度使用額が生じた理由 |
研究実行のための優先順位の選定をまず、マルティプレックス・イメージング(CODEX)法の条件検討およびヒト標本サンプルおよびマウス慢性炎症がん発症モデルの大腸組織採取のために時間を費やしたため、当初の予定とは物品使用額に差額が生じた。この未使用額については、令和4年度の研究費と併せて、YAPレポーターマウスを用いたライブイメージング解析およびCODEX法による解析に使用する消耗品の購入に充てる。
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